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■63 / 4階層)  "紅い魔鋼"――◇三話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/20(Sat) 22:02:54)
     ◇ 第三話『ほんの微かな予感』 ◆


    あれから1週間が経つ。
    やはり毎日のようにミコトに引っ張りまわされ,俺とアイツは野外演習に向けての準備を着々と進めていた。
    先日届いたらしい演習の日程によると,今回の実地場所は学術都市(リディル)近郊にある北国境付近――1000年ほど前にあった戦乱の主戦場跡。
    山脈の麓にも近いと言うのに何故か円形に窪んでいると言う,特殊な地形をしている。

    都市リディルの1000年前の歴史を辿るとすぐわかる。
    突如発生した"邪竜(伝説の怪物)"による王国動乱と言う事態があった。その最終決戦場が北に広がるジスト山脈の麓,この都市リディルの西側全域に面する広い草原一帯にランディール平原と名付けられた土地だった。

    ジスト山脈は自然に出来た――数億年をかけてだが――地形だ。
    海岸線からその端を発し,王国北側全から西側にかけて連なる全長800kmに及ぼうかと言う大山脈である。
    山脈の中で一番標高が高い部分,それが王国最西部を北から南に抜ける山脈にある。
    海抜2000m。
    俺はまだ見たことはないけれど,きっと壮観なのだろうと思う。

    演習場所となるランディ―ル平原は軍の演習場所としても度々使われているところだそうだ。
    まぁ。
    素人の集団が実戦演習を行う時に,初めて行く場所で行うはずもない。それこそ何が起こるかわからないだろうからな。
    当然の配慮だろう。


    しかしミコトに言わせれば,今回は少々状況が違うらしい。
    なんでも,俺たちの住んでいる都市リディルよりも南部に位置する工業都市ファルナから,史跡調査団が派遣されてくるらしい。
    その調査時期と,俺達の野外演習の時期が図ったように重なるとの事。

     
     ▽  △


    「これっておかしい。変な符合だよ」
    「考えすぎだろ」

    午前中の講座も終わり現在昼食。あいも変わらずミコトにつかまった哀れな俺。
    そこで野外演習の話になったのだが。

    史跡調査団に限れば確かにそんなに珍しい事じゃないんだけど,とミコトは言葉を濁す。
    俺には何が心配なのかわからん。

    「何の心配をしてるんだ、一体。」
    「んー…」

    何時になく歯切れの悪いミコト。そんな珍しいコイツの生態を観察すべく俺は注意を払う。
    勿論,飯を食う事も忘れない。
    午後からは俺の選科の講座が幾つかあるのだから手抜きは出来ない。

    食いながらミコトに目をやる。
    ボケ―っとお茶を覗きこみながら思考に耽る様は中々見れるものではない。
    …が。

    「おい、大丈夫か?」
    「ん? あ,うん。大丈夫」

    心ここにあらず,と言った雰囲気で生返事を返すミコト。
    そんな様子のコイツは,なんだか見たくない気がした。


     ▼


    特にそれ以上話も弾まず,昼食は終わった。
    別れ際にアイツは,少し色々調べてみると言って足早に去っていった。
    俺はただその姿を眺めるだけで,何をするでもなく――

    「くそ」

    呟いて,講座の開かれる教室とは別の方向へと俺は足を向けた。


     ▽  △


    学院の図書館は,その1000年前に建てられた当時からの記録はもちろん、それ以前の物も多く揃えてある。
    歴史書,伝記,風土記。
    学術書にしても,その蔵書は一体どのくらいあるのだろうか。
    俺も良く魔鋼技科で使う資料をここで探す。コピーも出来てお得な所だ。


    俺は,普段はまずは行かない歴史書の棚を捜す。
    学院の前身――リディル砦の創設の話や,ランディ―ル平原での決戦に至った経緯を調べるためだ。

    目的の書棚から,その辺が載ってると思われる歴史書を数冊選ぶ。
    似たようなタイトルから複数選ぶには理由がある。
    本一冊の情報からでは,その情報が間違っていた時に検証のしようがないからだ。
    他にも,ランディ―ルに関する伝記やその系列の本を数冊選んだ。

    ランディ―ルとは人物名だ。
    ランディール・リディストレス。
    実際にその戦争を終結に導いた,当時の王国で最高位の宮廷魔法師――王国史で今もってただ一人の大魔導士の称号を得たものだ。また,強大な魔法の使い手だったからか,雷帝とも雷神とも言われる事もある。

    そんな御伽噺に伝わる伝説程度ならば俺でも知っている。

    彼の者,凶つ力を持つ異界の怪物を,天空より召還せし光の矢にて討ち滅ぼしたものなり――

    まぁ要はアレだ。
    正義の魔法使いが,悪いドラゴンとか魔王を強力な魔法でやっつけた,と。
    ガキだった頃は,俺も何時か空から光を降らせる魔法をつかうんだー,とかそんな事を言っていた気もするが…現実を知った今,それは不可能だと言う事もわかっている。

    魔法とは"限定現象"という別名がある。
    あくまで作用範囲は決まっている。それは異端と言われているEXにしても変わらない。
    自らの魔力が届く範囲,そして制御が及ぶ範囲だ。それ以外での作用はまずありえない。
    ――例え英雄ランディ―ルが人知を超える魔力を扱えたとしても…当時の制御法が今ほどでもない稚拙な魔法で,そこまで強力な光学系魔法を駆動できたかと言われると――甚だ疑問だ。

    先程選んだどの資料にも.そんな記述は一切載っていない。
    …ん?

    俺は違和感を感じた。
    載っていない。情報が載っていない。

    英雄ランディ―ルは,邪悪なモノを倒した。

    どの資料にも,"その程度"のことしか載っていない。
    ――なんだこりゃ。

    当時1000年ほど前とは言っても,文字もあれば記録媒体もある。
    劣化の度に編集されたとは言っても内容は余り変わらないはずだ。なのに,どの資料も戦争の終結に至る経緯だけがすっぽりと抜けている…?
    これはおかしい。

    この王国の始まり――王家の歴史は,その勃興当初からかなり正確に伝わっている。史跡調査と照らし合わせても何ら相違点は見つからないくらいだ。
    王国の成立以来約2400年。連綿と連なってきたその正確な記録技術が,ここ一点だけに限って記録されていない――もしくは,

    「正確に記録できない事情があったか,後になって改竄されたか,だな」

    調査には時間がかかるが,気になるものは気になる。
    ミコトにこの事を話せば何らかの答えは得られるだろうとは思うのだが――

    「…気にくわんしな」

    自ら借りを作るわけにも行かないし,何より検証するには情報は多いほうが良い。
    もしかすると,アイツには見つけられなかった事実があるかもしれないし,それに俺が気づくかもしれない。


     ▽  △


    数時間をかけて全資料を読破した。
    結果は。

    「どの資料も巧妙にぼかしてやがる…」

    ミコトが明言を避けた理由もわかった気がする。
    こんな曖昧な情報では,何かを確信できる理由が全く見つからない。
    だが,まぁ判った事も一つだけある。

    「こぞって事実を隠蔽する感じに本をまとめているところを見ると――こりゃ国家機密っぽいなぁ」

    そう言う事だ。コレはタブー(禁忌)
    触れてはならない,王国の闇に葬られた過去なのかもしれない。
    …まぁ,コレに限った事じゃない。多分そんな事は2400年近くも続く王国の歴史の中では度々起こっているのだろう…多分。
    そう思う事にしてきっぱりと忘れたい。
    しかしまぁランディ―ルの謎が例え国家機密に相当する事だとしても…

    俺にはミコトがコレを気にする理由に全く見当がつかない。
    恐らくアイツは,まだどこかに俺とは違った情報源(ソース)を持っているのだろう。
    きっと,今の俺よりも多くの情報を持っていると確信できる。

    俺が今出来る事。なんだろうな――。

    しばし考えて得たもの。
    その結果はごく簡単なものだった。

    「今,俺に出来る事…どんな状況にも対応できるように万全を期す事,くらいか。」

    その"どんな状況にも"が言ったいどの程度のものなのか――それが一番の問題だ。

    魔鋼技師たる俺の使命は,DEを完全に整備する事だ。ともなると――

    最凶最悪絶体絶命の大大大ピンチを,最低でも生き残る事が出来るように準備をしておけばいいか。多分死ぬより悪い状況はないだろう。
    まぁ,持っていける資材にも限りがあるけどな。
    そこは工夫次第と言う事か。

    苦笑し立ちあがる。
    図書館もそろそろ閉館時刻だ。
    だが――俺はこれから実習室へ向かわなければ。

    きっと明日もきつい一日が待っている


    ――主な原因はミコトだがな。


     ▽  △


    ――「うん。そう、調査団の構成メンバーを…そう。お願いね,なんだか気になって。――わかった、ありがと。じゃ,ね」

    私は受話器を置いた。
    今日の昼,ケイと別れてからは講座をサボってあちこちを奔走していた。
    この胸のもやもやを晴らすために。
    でも,情報が集まれば集まるだけ私の直感が囁く。

    "コレは,危険だ",と。

    既に各方面で確認済みの事実の一つに,英雄ランディ―ルに関する記録の一部が改竄されていると言う事がある。
    これは当時の宮廷魔術師団によって発せられた特命で,その裏にはかなり込み入った事情が隠されていると私は見当をつけている。
    内容までは探る事は出来なかったけど。

    …流石に,身が危ない。


    それとは別に私は先程,丁度南部の都市ファルナいる昔の友人に頼み,ランディ―ル平原に派遣される史跡調査団の構成員を調べてくれるように頼んだ。
    それだけならば私が直接打診してもかまわないのだが,情報は鮮度が高いほど良い。
    加えて,構成要員から推測可能な情報――何が目的で何をするつもりなのか――を知り得る事が出来るならば…

    ランディ―ル平原と言う戦乱の終結となった土地での演習訓練で,もし万が一。
    なにか想定外の事態が起こったとしても――対処できる。最低でも自衛は出来るようにしておかねばならない。


    …昼食時にケイが言ったとおり,私の考え過ぎかもしれない。けど――

    無視できない胸騒ぎ。
    私の直感が,こう警鐘を鳴らしている――

    "油断するな,気を抜けば危険がこの身に振りかかってくるかもしれない――"

    と。



    窓から空を覗きこむ。

    …今日は曇り――。



    月は,見えない。



    >>続く
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