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■76 / 9階層)  "紅い魔鋼"――◇六話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:28:23)
     ◇ 第六話 後編『正しさの証明』 ◆
     

    野外での実戦演習まであと2週間弱になった。

    ここ数日は四期過程生との合同講座の調整で忙しい日が続いていた。
    そんなわけで,アイツに相談してからここ1週間弱ほどアイツと出くわさない日々が続いている。
    …平和は勿論良いものだ。だが――

    「――まぁ。物足りないって思っちまうのは…我侭だよな」


     ▽  △


    俺が受講する四期過程生の講座"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"

    一年間通して行うらしい。
    最初の半期は理念の説明と概要の把握らしいのだが,俺はエディット教授の部屋で3時間で済ませてしまった。
    と言うより,何時の間にか説明する方とされる方が変わっていた。今思いだすと面妖な。

    …いや,過ぎた事はいい。
    それよりも気になる事がある。


     ▽


    他の生徒は誰なんだろう。
    …まぁ,才能があって知識が多い魔鋼技科の主席と次席のあいつ等がいる可能性は高い。
    先日のエディット教授の話にも出てきていたしな。

    …あいつ等もきっつい卒研テーマだ、ざまみろ。
    何をやらされるかなんては知った事じゃないけどな。

    だのと埒外のことを考え,教授に呼び出された空き教室で待っているとガラガラと音を立てて扉が開いた。
    何故か引き戸式の扉だからだ。

    「よー大将。お早いお着きだねェ」

    能天気な挨拶とともにこの部屋に侵入してきたのは魔鋼技科次席のハル・ルージスタだ。
    コイツは挨拶からもにじみ出る軽薄さとは裏腹に,絶妙で信じられんくらい精密なミスリル収斂を行う。
    一度"ミスリル真球作成の過程"という講座でコイツの作成したミスリル製の真球を見た事がある。
    誤差コンマ8桁のアホみたいな精度の球を磨いて作りやがった。何でも手触りでわかるとか。正直信じられん。

    「よう。」
    「かー! いつもの事ながらシケた挨拶だなぁ!」

    俺の挨拶に額に手を当ててオーバーアクション気味に背をのけぞらせやがった。
    足引っ掛けてやろうか。
    とりあえず聞きたい事だけ聞く事にしよう。

    「ハル,あんた他に誰がこの講座受けるか知ってるか?」
    「あん? お前しらないのか。」
    「話を聞いたのが昨日だったからな」
    「あ、そうなんだ。」

    俺は1週間くらい前だったかな,とか言いながらハル少し離れた所に陣取る。

    「三期過程生からの受講者数は四人。その内二人は――」
    「俺とお前か。内容は知ってるか?」
    「あぁ、ドライブエンジンの作成だってな。おもしろそーじゃないの?」

    ニヤリ,と笑みを浮かべる。コイツも造り手の一人だ,やり甲斐のある挑戦と思っているのだろう。
    俺も似たような心境ではある。

    「半期は座学だってのは?」
    「それは出来の悪い四期の連中の意識補強のためだろ?――何,まさかお前。」
    「あぁ俺は教授に一通り説明させられた(・・・・・)。」

    そう言うとハルも「俺もだ」と苦笑する。
    ひとしきり教授の悪口を並べていると。

    「あら。ずいぶんと楽しそうね」

    何時の間にか戸口の所に女性徒が立っていた。

    「おぉ〜麗しの君よ,良くぞいらっしゃいました」

    ハルが大仰な仕草で立ちあがり,深く礼をする。――俺の時と態度違うぞ。
    まぁ色目は使って欲しくないが。

    「よう。」

    ハルの時と同様に短い挨拶で済ませる。俺と彼女の挨拶は何時もこの程度だ。
    彼女――ロマ・ルクニーアは魔鋼技科の主席にして刻印技術の天才。ハルと似たようなものだ。
    図面の駆動式を寸分の狂いなく刻印する技術を持ってる。時には効率の悪い部分を最適化してから刻印したりすることもあるらしい。
    刻印技術と駆動式の製図に精通していて,そのレベルはもう芸術の域にあるといっても良い。

    ロマは俺の相変わらずの挨拶に苦笑した。

    「相変わらずね」
    「そうか?」
    「そうよ。」

    言いつつこちらへ向かって歩いてきて,しれっと俺の隣りに腰を下ろす。
    ロマは何故か何時も俺の隣りに座る。正直居心地は余り良くないが…座る席は本人の自由だそうだ。隣りの人間に関係無く。
    ――昔文句を言ったらそう返された。


    「さて。」

    来ていない学生は後一人だ。
    ロマは知っているんだろうか。

    「ロマ,あんたは後一人が誰か知ってるか?」
    「まだ聞いてないわ。」
    「俺も聞いてね―」

    ハルも合わせて返す。
    確かめるようにロマが呟く。

    「製作するものはドライブエンジン。となると――刻印技術は私。ハル君は恐らく部分部分のミスリル加工。ケイン君は――」

    ちらっと俺を見ると,静かに微笑む。

    「私とハル君の作った素材の組み合わせね。」

    ふむ、協力して云々の件は,この作業の分散化を考えていたからなのだろうか。
    恐らく,協力し合う過程で御互いの技術を盗みあえと言う事なんだろう。そう思いながら二人を見るとやはり苦笑。
    ――同じ結論に至ったらしい。

    ともなると,ますます後一人が判らない。
    他に足りない技術はあっただろうか。
    今行った事以外の細かい作業などは,基本的に"俺達"ならば皆同じ技量だからだ。

    「…技術的なところで補強しなきゃならん部分てあるか?」
    「んーそうだな…」
    「…もしかしたら」

    ロマが何かに思い当たったらしい。長い髪を掻き上げ,そのまま頭に手を当てて呟く。

    「私の刻印する駆動式を書く――考案する人物かもしれないわね」
    「なるほど。」

    俺は頷いた。それはありえない話ではない。
    何せあのエディット爺さんが担当なのだ。
    自分達で駆動式を考えて組みこめ,などというテーマはありえる話だ。

    「でもさ,ドライブエンジンに組みこむ駆動式っていったらなによ?」

    それも当然の疑問だ。が。

    もう一つ思い当たった。

    「あの教授だからな…もしかするとホントに0から組ませるつもりかもしれないぞ」
    「何をさ。」
    「だから――」

    俺が答えようとした,そのとき。

    「その通りだ。ケイン・アーノルド。」

    戸口に立つ大柄の人影。
    先日も会ったばかりの50オヤジは――

    「エディット教授…」
    「まだ一人揃っていないようだが――とりあえず始める事にしよう」

    エディット・ディーンその人だった。


     ▽  △


    「先にも通達した通り,君達四人には簡易的なドライブエンジンを一機組み上げてもらう。」

    手にしたファイルを開き,数枚の紙面で綴られた四組みの資料を俺達に配る。俺の手元には何故か二組み。

    「…これは?」
    「後から来る者に渡してくれ。」

    判りました,と俺は頷く。
    書かれている内容は同じ。基本的な注意点と製作過程での課題,評価点。
    説明すべき事の内容が細かくかかれている。

    「注意点などはそこに書き記しておいた,不明な点,質問がある者は後で私の研究室にきなさい。」

    俺を含める3人が頷く。

    「まずはテーマを君達で設定するところから始める。」

    具体的な内容に入る。
    テーマを決める言う事は…どんなコンセプトを持つドライブエンジンを造り上げるかを自分達で決める,ということだろう。
    本格的だ。

    「次に形状をどのようなものにするかを決めねばならないが…ドライブエンジンの特性,閉鎖式循環回廊の概念・理論を考えると円環状の装飾具が主な候補に上がる。」

    確かにそうだ。
    俺のドライブエンジンも対の指輪だし,ハルは手首のブレスレット,ロマはイヤリング。
    ミコトは左上腕のブレスレットだったな。

    「最終的に決めるのは君達だが,これらの意味を強く持つものの方が成功率が上がるとだけアドバイスをしておこう。」

    初めての本格的な"作製"だからな。
    訓練に失敗はつきものとはいえ,こんな機会はめったに無い。なるべくなら失敗はしたくないな。

    「…それと,私から一つ重要な課題を出そうと思っている。しかし,あくまで純然たる"挑戦"という領域の課題なのだが…」

    ふむ。
    教授から俺達への挑戦状か。
    ちらっと隣りと後ろを見ると,ロマは上品に微笑み,ハルはニヤリと笑って見せた。
    やる気はあるみたいだ。かく言う俺も同じ気持ちだ。

    ――受けて立とうじゃないか。

    「課題内容を言ってから 挑戦するか否かを決めさせようと思っていたのだが…やる気はあるみたいだな。」

    俺達の様子を見ながら,それも良いだろう と呟き,エディット教授は言った。

    「閉鎖式循環回廊の駆動式群――魔導機構の構成とその核を含めて,1から構築する(創る),と言う課題だ。」


     ▽  △


    少し急ぎ足で指定の教室へ向かう。
    魔鋼技科の研究棟はほとんど訪れた事が無いと言う理由もあって若干遅れている。

    …わたくしとした事が。

    もう少し早めに出発すれば良かったと後悔するも,過ぎた時は戻らない。
    いずれ"時"に関する駆動式をみつけてやりますわ,と心に誓いながらも付近の教室のプレートを見つつ目的地が近くである事を確かめる。

    それから更に研究棟の階段を二階上に上がり,奥へ進む事数分。突き当たりの講義室のプレートが目的の教室の名前と一致したのを確認し,安堵の溜息をついた。
    時間的にはおおよそ10分ほど過ぎている。やはり少し遅刻してしまった。

    いかんせん入室し難い感じではあるけれど,これ以上遅れては身も蓋もない。
    意を決して引き戸を引き,堂々と入室した。


    「申し訳ありません、遅れました」


     ▽

     
    ガラガラ,と音を立てて開いた教室の引き戸。
    次いで聞こえる涼やかな声。

    「申し訳ありません、遅れました」

    俺達は予想外の教授の言葉に思考が一時停止(フリーズ)していたが,これまた不意打ちの四人目の出現に,3人揃ってそちらに注目してしまった。
    その俺達の様子に入り口に立つ女生徒は一瞬呑まれたように立ちすくんだが,すぐに我に返ると う、やっぱりまずかったかな,と言うような表情をした。
    その中で一人,教授だけが場が止まってしまった事も全く意に介せず,入り口に立つ彼女に声をかける。

    「立っていては始まるものも始まるまい。とりあえず席に着きなさい。」
    「あ、はい。」

    素直に彼女は教授の言に従い,こちらとはちょっと距離を離して席に座った。無理も無い。
    同時に俺達も現実に復帰する。

    「ちょ、ちょっと待った,おっさん!」

    俺は立ち上がって教授(じじい)に食い下がった。

    (コア)魔導機関(閉鎖式循環回廊)の記述から始めろって…一体何年かかると思ってんだ!?」
    「そうはかかるまい。」

    その反論は予想していたかのような涼しい対応のじじい。根拠を示しやがれ。

    「私達に機密部分(ブラックボックス)を解析しろ,と仰るのですか?」

    ロマの反論ももっともだ。閉鎖式循環回廊の魔導機構――駆動式群の構造は,王国とドライブエンジンメーカーが独占している。
    その(コア)は複雑な暗号処理が施されていて,暗号の解除・解読はほぼ不可能だ。
    それこそ何年かかるか見当もつかない。

    「いや。君達には,別の方法――全く新しいアプローチをしてもらう。」
    「新しいアプローチ…ですか?」
    「そうだ。」

    離れた席に座った名も知らない女生徒――金髪の美人――が教授の言葉を反芻する。

    「この講義の冒頭に教える――ドライブエンジンの構想理念・概念・歴史。そこに至るまでの経緯は全員把握済みだ。つまりは"創造の理念"を大まかながら把握している。」

    おっさんは教卓の周りを歩き始めた。説明を始めるときのクセだ。
    長くなるのか。

    「君達はこの学院で様々な技術や手法を学んだ。知識もセンスもある。才能も豊かだ。しかし」

    立ち止まり,俺達を振りかえる。ギラーンと目を光らせた。
    出た,エディット・ディーン十八番の眼光。やっぱこええ。
    向こうの女生徒に目をやると,初めて見るのだろう。額に汗マークが見える。俺の心眼は確かだ。

    しかし,と彼は続ける。

    「それは過去の技術であって,未来の礎に過ぎない。私は――」

    そんな過去の技術を見たいわけではない,と続けた。

    「…君達は三期過程生だが,実の所"創造"に必要な殆ど全ての概念の習得は終わっている。加えてその類稀な才能が,これから三期過程と四期過程,そしてその先何十年もかけて培う技術をも補うだけの意味を持っていると確信している。」

    彼は力強く言った。
    確信している,と。
    それは信頼の証なのだろうか。それとも,俺たちに希望を重ねているだけなのだろうか。

    「無論,この研究は一人では到底不可能なテーマだ。が,君達は一人ではなく」

    俺達の顔を一人一人見まわし,何かに納得したように頷く。

    「それぞれ特出した才能を持ち合わせたチームとして見ると,それは不可能ではなくなる。そのために学院全生徒の中から選出した…それが君達だ。」

    全生徒中,俺達が選出された。
    それは何か、あんたはこの学院の全ての生徒を調べ、つぶさに観察し、才能の有無を見分け、それを判断してきた…そう言うのか?

    才能の見極め。それは簡単な事ではないはずだ。
    成績で選ぶだけなら上位者を選出すれば良い。
    だが,"才能の有無"を見るとなるとその判断基準は全く異なってくる。
    才能――それは平均的に見るものではないからだ。
    感性といって良い。
    知識や経験。過去の集大成――それらとはまた違う概念だ。
    見極めるには,膨大な人生経験や直感が欲しい。
    それでも全ての才能を見出す事は出来ない。世に埋もれる才能――その中から見出されるの数は何時もほんの僅かだ。

    彼――エディット・ディーンが見出せた数少ない才能の持ち主――それが俺達だというのだろうか。

    教授(おっさん),一つ質問がある」

    俺は,先日とは逆に問いただす。
    ロマを,ハルを,そして最後の四人目の美人さんをみて――教授を見る。

    「俺達に,本当にそれができると?」
    「できる。そう確信している。」

    力強い宣言。
    眼光も鋭い。迷いの無い瞳は信頼の証なのだろうか。
    もし、そうだとするなら。


    「…なら,俺はやってみようと思います。」


    これが正しい答えに違いない。
    だからそう宣言した。


    この答えなら――台風のようなアイツは,やっぱり先日のような綺麗な笑顔を見せてくれるんだろうな,と思いながら。
    きっとそれが,正しさの証明なんだろう。



    >>続く
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