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■75 / 8階層)  "紅い魔鋼"――◇六話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:25:09)
     ◇ 第六話 前編『正しさの証明』 ◆
     

    俺は悩んでいた。
    結構深刻でマジメな悩みだ。
    今回はミコト絡みではなく,学業方面の悩みだったりする。
    まぁこっちの悩みの方が学生らしくて良い。あいつに振りまわされるよりは断じて良い。
    …多分な。

    その日,俺は担当教官に呼び出されていた。


     ▽


    「四期過程生との合同受講講座,ですか?」
    「そうだ。」

    いかにも職人風なこの教官,今年で50になるおっさんらしい。
    エディット・ディーン教官。学院でも古株でかなりデキる先公だ。
    俺も何度か世話になった事がある。
    …俺が原因じゃない,相方のとばっちりだ。寮はユニット単位の連帯責任制だからな。

    「つっても俺,まだ3期過程ですけど。」
    「成績の優秀なもの,見こみのあるものは特例として上級講座を受けれるようになっている。無論単位としても当然認定される。」

    ふむ。まぁ悪い話では無いらしい。が。

    「俺,成績良かった試しがないんですが。」
    「そんな事は先刻承知だ。が,君には才能がある。」

    エディットの目がギラーンと光った。
    …知っているんだぞ? と言わんばかりの眼光だ。鋭すぎる。
    内心ビビリながら,俺は答える。

    「そうですかね…?」

    及び腰なのは…まぁしょうがないだろう。
    コワイし。

    「才能の無い者が,魔法駆動機関を完全分解できるものかね」

    彼は淡々とその事実を述べる。そこには感情の揺らぎも何も無く,本当にただ事実を指摘しているだけだ。
    ふむ,と俺は考える。

    「講座について行けなくなる可能性のが高いですけど。」
    「心配は無い。それについても問題は無い。君が受講すべき講座は既に決まっている。」

    おいおい。俺はどこでも選択権はないのか。
    正直またかと思い溜息を吐いたが,一応どんな講座か聞いてみることにした。

    「ちなみに、なんて講座なんです?」
    「"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"だ。」


    …。
    なんだそりゃ。



     ▽


    それから俺は,3時間かけてディット教授とディスカッション形式で話し合った。
    "簡単な内容を説明しておこう"という教授の言葉に頷いたのが運の尽きだった。

    …最近後の祭りが多いな。気をつけよう。


     ▼


    エディット教授の言う"簡単な説明"(自称)は,要はドライブエンジンの歴史みたいなものだ。


    魔力の発見と駆動式の開発。魔法発生原理の提唱から始まった魔導文明。
    次々と生み出されるミスリル製の道具,装飾品。今現在世界的に使用されている"ARMS"と言われる汎用魔法媒体の原型だ。
    無論争いにも使われることになったそれは,形を変え武器にも防具にもなった。
    魔法発生の原理に精神制御・集中があるように,媒体の形を任意のものにする事で効果の意味を強め,精神制御と集中を補強することにもなった。
    時は過ぎ,現代に至る。
    革新的な発想が無かった時代が続いたが,ある一人の魔法学者がこの国で考案した一つの駆動式群――魔導機構が,それまでの魔法発生媒体の形態を丸ごと変えてしまった。

    "閉鎖式循環回廊"

    ミスリルの,魔力に反応し刻印された駆動式の効果を増幅するという性質を応用したその式の効果は,ミスリル自体の魔力構造内部に閉鎖回廊という仮想閉鎖空間を形成するものだ。
    そこに目をつけた当時の王国工房と一部のARMSメーカーの技術者達は,提携して一機のドライブエンジンの原型を造る。
    その企業はミスリル製の機動甲冑を開発していたのだが,運搬とメンテナンスにかかるコストが高く,有用性ありと言われながらお蔵入りしそうになっていたからだった。
    進退きわまったその企業が目をつけたのが,当時一部の企業体にしか知らされていなかった,極秘に開発されていた"閉鎖式循環式回廊"プロジェクトだ。
    運良くその話に加わっていた彼等は,企業を挙げて自社の機動甲冑を売り込み試験的にそれの魔力内部構造に格納する実験の権利を勝ち取った。

    実験は成功。
    運搬コストが解消され,メンテナンスの目処も何とか立ちその企業はドライブエンジンメーカーの先駆けになった。

    ここからがドライブエンジンの開発の歴史になる。
    原型の機動甲冑は,ただミスリル製の鎧の各所に各身体機能向上系の駆動式を刻印したもので,実はそれほど大した性能を持っているわけではなかった。

    その発想が斬新だった,とそれだけだ。
    しかし,運搬のコストが0になると言う事は革新的な偉業だ。
    内部に格納できる総量に限界はあるものの,限界ギリギリまでならば何を詰めこんでも良いと言うのだ。兵器開発メーカーはこぞって武器の軽量化にいそしんだ。

    が。
    王国政府――引いては当時の国王により武器の格納は禁ずると言う勅命発せられた。
    類する抗議は一切受け付けないという達しに,関連企業は軒並み業界を去る事になる。…ここが王国に対するテロの温床になってるな。
    ならば機動甲冑はいいのか?と言う疑問があがったが,"あれ,武器じゃないじゃん"と言うような内容の回答が返って来た事で,魔法駆動機関ーードライブエンジンの本格的な開発が始まった。

    本来魔法駆動機関(ドライブエンジン)は,魔法を発生させるための媒体と言う意識が強い。
    それに内部に格納してある物はそんなに大した物でもなかった。
    機動甲冑にしても,土木作業が可能なくらいの性能しか持っていないと言う事実があった。戦闘機動なんてもってのほかだ。
    が,人間の育ててきた文明――技術は一柱ではなかったのもまた事実だった。


    機械化(マシンナライズ)
    ある企業が機動甲冑に補助装置として電子機器を組みこんだ。
    それは暗視装置と言う単純なものだったが,効果は期待以上のかなりのものだったらしい。

    それ以来,"武器"に抵触しない観測用の補助電子機器の軽量化と組み込みが盛んに行われる事になった。
    加えて,駆動式自体の改良も盛んになり始めたのが同時期だ。

    機動甲冑はその各部に衝撃・重力緩和の駆動式が標準装備となり,使用者の意識で任意に式の組み方を変えれる魔導機関が登場する。
    更に周辺域の状況認識の為に補助電子頭脳(AI)が開発され,同時に意識容量確保の駆動式が編み出された。
    甲冑の頭部に組み込まれた電子頭脳と意識容量確保の駆動式が想定外の反応を起し,人工精霊が"発生"する事になる。
    今では軍のドライブエンジンには標準装備になっている人工精霊は,実は極めて自然の産物だったという背景があった。
    そして,機動甲冑は名称を"魔法駆動機関(ドライブエンジン)"と変更された。
    機動甲冑の構想理念は現代になりようやく果たされそうだという。

    人間の魔法・機能の増幅。
    そしてこれが,全てのドライブエンジンの設計基礎理念だ。


     ▽


    最後の方は何故か俺が説明してた。
    エディット教授は深く頷く。

    「そう言う事だ。今君の言った事を半期かけて教える事になっている。」
    「…もう半期分終わったって事ですか?」

    間抜けな表情をしていたのだろう,俺の顔をみて教授は苦笑した。

    「言っただろう,"実戦編"と。」


    すっかり忘れてた。


     ▽


    「君達には協力して魔法駆動機関を一機作ってもらおうと思っている。」
    「待てコラ」

    おっと地が出た。
    というか無理だろう。大体俺は第三過程生だし。

    「いえ、待ってください。俺は…達?」
    「そうだ。君達――君の他のも生徒がいるから複数形なのだが。」

    そりゃそうだ。だが。

    「俺…達はまだ第三過程生――」
    「加えて,君の来年の研究内容は"これ"にしようと思っている。」
    「――。」

    一考し,考えうる可能性を一つ導き出す。

    「…それって、この単位を取れば卒研免除ってことですか?」
    「いやちがう。君はこれを基礎にして.卒業試験では自力で一機の魔法駆動機関を造らせようと思っている。」

    ならば迷う事は無い。

    「では,失礼しました。」

    そんな横暴やっていられるか。



     ▽  △


    結果。
    俺はやはり逃げられない運命にあるらしい――。
    しかも,結構誰からも。


     ▽  △


    「――受けない場合は基礎研究無しの段階で今言った事を実践してもらうつもりだが。無論研究費用は自己負担だ」

    退出する寸前,教授の毒の効いた一言が俺の足を止めた。止めざるを得なかった。
    が,甘い。口喧嘩に関してはミコトとの舌戦で(聞くだけならば)慣れている。

    まだ反撃の機会はある筈だ――。

    「――違う研究室をえらびま「既に君の獲得権利は私が勝ち取っている。例え私以外の研究室を選んでも強引にこちらに入れるつもりだ」
    「友人に頼んで研究をてつだ「君が相談できる友人とは同学科の主席と次席の事かね? 悪いが彼等の獲得権も私のものだ。ついでに彼等の研究内容もすでに決まっている。…とてもではないが他人の研究を手伝う余裕はないだろうな」

    隙なんかない。


    … こ の く そ お や じ め !!!


    マジで殺意を覚えたぞ…!?
    あんたは悪魔か!

    あー…なんだかミコト絡みの方がマシだと思えてきた…ここはどこだ?魔界か? …ミコト、お前でもいいから俺を助け出してくれ・・・この地獄から。

    涙目でうなだれる俺にエディット教授が語り掛けた。


    「…ケイン・アーノルド君。」
    「…はい…?」

    息消沈した俺の様子に目を僅かに見開いたエディット教授は少し笑った。苦笑したらしい。

    「私は君達に期待しているのだよ。」
    「…はあ。」
    「君達ほど才能のある若者は――近年では稀に見るほどでね。」

    立ちあがり,座っていたデスクの後ろ――昼の日差しが差し込む窓際に立つ。
    窓を開け放つと春の暖かい風が優しく吹き込んできた。
    揺れるカーテン。
    雰囲気が少しだけ和んだ。

    「――どこまで君達が行けるのか。どこまで"造り手"としての才能を発揮できるか。――その可能性を見届けたいのだ。」
    「…」
    「私もかつては天才と呼ばれていたことがあった。だが,私はそれほどの才能は持っていなかった。」

    過去を語る目は,遠いどこかを見つめている。

    「私は努力した。技術や知識,経験――。そのどれも誰にも負けるつもりは無かった。が,超えられない壁と言うものは意外とどこにでもあるものだ」

    瞳――その記憶には何を映しているのだろうか。
    過去の自分か? 栄光の時か? 折れた信念を抱き泣いている姿だろうか?
    それは,俺にはわからない。

    「――君達は,既に超えている壁があるはずだ。私には超えれなかった壁をだ。これは――」

    コホン,と咳払いをしてもう一度苦笑して見せる。
    内緒にしておいてくれよ,と親しげな瞳で笑いかけられた。思わず目を見開く。

    「私のわがままだと言う事は判っている――が,どうしても。先を見てみたいのだよ。私では見る事の出来なかった,その先を。」

    ――沈黙。

    彼は,エディット教授は窓を閉めてデスクにかけなおす。
    両肘をつき,両手を組んだ。
    口を隠すように組んだ手に当て――しばし瞑目。

    すまん、忘れてくれ と呟きが聞こえた。

    「――先程の事は冗談だ。無理を言うつもりも無い。君の自由な選択に任せる事にしよう。」

    退出しなさい の一言で,俺はエディット教授の研究室から退出した。


     ▽

    ―――さて。

    どうするべきだろうか。


     ▽  △


    「別に悩む事なんてないじゃない。」

    相談できたのはコイツしかいなかった。狭い交友関係を今更呪う。
    そんな俺にあっさり自分の考えを告げたのは,当然ながらミコトだ。
    他人事だからと考えているのだろうか。
    …いや,こいつは俺自信の事で楽しむ事はしても,悩みや愚痴を無碍にするヤツではないはずだ。…と思いたい。

    ミコトは俺のおごりのコーヒーを飲みつつそう答えた。
    ふむ。

    「…まぁ,良い話ではあるんだよな,実際。」

    先程は,余りの強引さと話の流れから反抗してしまったが,冷静に考えてみると好条件が揃っている。
    やり甲斐も,ある。付け加えるならばエディット教授は頑固だが,良い教授でもある。人気も上々だったりする。

    「なら,なんでそんなに悩んでるの?」
    「…ん? ああ,なんつーか,こう冷静じゃないうちに色々言っちまったしな…あの頑固オヤジの弱いっぽい部分見ちまった引け目と言うか…」

    なるほどね,とミコトはもうカップに口をつけた。
    飲み終わったのか,カップを受け皿に置いた。
    ミコトにしては珍しく,姿勢を正して俺に向き直った。

    「それは,そんな大した事じゃないよ。人には誰にだって弱い部分はあるし,ケイは教授のそんな部分を知っちゃったから気まずいだけなんでしょう?」
    「まぁ、そんなとこだ。しかし…そんなに大した事じゃないのか?」

    うん,とミコトは頷いた。
    優しい眼差しで俺を見る。今日のコイツは様子が少し変だな…。

    「ケイには知ってて欲しかっただけかもしれないしね。…私は.自分のことより他人を心配できる人って…素敵だと思うよ。」
    「よせよ。俺はそんなできた人間じゃない。」

    掛け値無しの本音で答えた。しかし,そうでもないよ、とミコトは笑った。
    やっぱり今日のミコトは何処か違う気がする。ほんの僅かだが。

    まぁ。

    「…決めた。受ける事にするか」
    「うん、そう言うと思った。」

    ミコトは一転してニパっと笑った。気持ちの良い笑みだ。
    俺の選択は間違っていないのかも知れない,などとちょっと思ってしまった。
    …俺らしくもない。

    「悪かったな,愚痴聞かせちまって。」
    「いいよ。でも…」
    「でも?」

    何時もより歯切れが悪いミコトに俺は首をかしげた。

    「悪かった,よりも聞きたい言葉があるんだけど。」

    ニコーっと笑いながらミコトが言う。
    はて。こちらとしては愚痴を聞いてもらったという意識しかなかったんだが――?

    「んもぅ。相談に乗ってあげた時の御礼の言葉は?」
    「あ、ああ――」

    ちょっと眉をひそめたミコト。しかし本気で怒ったりしているわけではないみたいだ。
    ほんのちょっとした意識の違いが生んだ小さな誤解。

    まぁ。
    少しくらい俺が譲歩するのもたまには悪くは無いだろう。

    「…ありがとな。恩に着る」
    「どういたしまして。何かあったら相談にのるからね。」

    気持ちの良い笑顔。
    元々性格のさっぱりしているヤツだからか。

    俺は久しぶりに心が軽くなった気がした――。



     ▽  △



    「受ける事にしたのか。」
    「はい。よろしくおねがいします。」

    取って返す足で教授の部屋に寄り,その旨報告した。
    俺の返した答えにエディット教授はしばし目を瞑り――一つだけ,質問をしてきた。


    「――それは,君の意思かね?」


    今の俺なら,きっぱりと答える事ができる。
    正しいと思える選択をしたのだから。

    それは――アイツの笑顔が証明している。


    「はい,俺の意思です。」




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  └Nomal "紅い魔鋼"――◇一話◆ / サム (04/11/18(Thu) 22:04) #53
    └Nomal "紅い魔鋼"――◇ニ話◆ / サム (04/11/19(Fri) 20:59) #60
      └Nomal "紅い魔鋼"――◇三話◆ / サム (04/11/20(Sat) 22:02) #63
        └Nomal "紅い魔鋼"――◇四話◆ / サム (04/11/21(Sun) 21:58) #67
          └Nomal "紅い魔鋼"――◇五話◆ / サム (04/11/22(Mon) 21:53) #68
            └Nomal "紅い魔鋼"――◆五話◇ / サム (04/11/23(Tue) 17:57) #69
              └Nomal "紅い魔鋼"――◇六話◆前 / サム (04/11/24(Wed) 22:25) #75 ←Now
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