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■98 / 18階層)  "紅い魔鋼"――◇十話◆前編
□投稿者/ サム -(2004/12/18(Sat) 08:57:36)
    2004/12/18(Sat) 08:58:37 編集(投稿者)

     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』前編◆
     

     △


    「ありがとう,助かります。」
    「なに、どうってことねぇよお嬢ちゃん。しかしまぁなんだ。変な事には極力関わらん方がいいんじゃないのか?」

    ランディール広原の少し手前のサービスステーション。
    ミコトは既知の情報屋と会っていた。

    目的は勿論情報の収集。彼とは1週間ほど前に連絡をとり,ランディール広原での魔鋼錬金協会の動きを追跡してもらっていた。
    ひょんな事から知合った彼は現在40ちょいのおじさんで,王国軍の密偵をしていたと言う。自称だが。
    腕は確かなので問題はないけど。

    「好奇心はネコをも殺す…ですか?」

    にこっと笑いながらミコトは返す。
    彼も苦笑した。

    「お嬢ちゃんの本性はネコじゃなかったな。…ま、止めても無駄な性格は猪突猛進な猪って所か」

    ははっと笑う彼。
    ミコトも特に怒るわけでもなく苦笑。

    「――口は災いの元,ですよね」
    「冗談だ。」

    ぼそっと呟いた彼女(ミコト)の目は笑っていなかったが。
    そんな二十歳前の気の強い女の子(・・・)に彼はもう一度苦笑する。

    「気ィ付けてな。今回は(・・・)お前さん一人じゃないみたいだしなぁ。――前みたいに巻き込むつもりはないんだろ?」
    「……。」
    「友達か。何にしても――嬢ちゃんは鋭すぎるからな。余計なことに首を突っ込みすぎる事が多いだろ?」
    「…そうね。でも」

    ニヤっと笑う。

    「あいつ等は,私から巻き込んだ方だし。これからもずっと手放すつもりはないわよ?」
    「――ほう。」

    それは予想外だ,とばかりに彼は驚いた。
    自分の事には極力絡ませない性格だったこの少女――いや,女が巻き込む事を自認すると言う事は――

    「仲間を集め始めたのか。」
    「――ご名答。あれ以来貴方にはお世話になりっぱなしだけど,これから(・・・・)もよろしくお願いしますね」
    「おいおい,俺ぁいいかげん身を引っ込めたいんだがなぁ」
    「ご謙遜を。――あんたほど狡賢くて便利な情報屋も中々居ないわ。あんたも(・・・・)幾らもしないうちに呼び出すから,覚悟しといてね」

    そう言って笑った。
    やっぱり彼は苦笑。

    「考えとくよ。それより今は目の前の事にまずは集中しとけ。俺には判らんかったが,連中(魔鋼錬金協会)の敷設した魔導陣,かなり複雑だったぞ。――正直何が起こるかはさっぱりだ。」
    「わかった。あの二人――」

    そう言ってちらりと視線を飛ばす先には,こちらを伺っている男女一組。
    ケインとウィリティアだ。

    ――並んでいると絵になっているのが気に食わない。

    少し眉を顰めつつもミコトは言う。

    「あの二人,あれでも学院の逸材だから連中(魔鋼錬金協会)が何をしているのか,についての解析は大丈夫だと思う。」
    「お前さんと同じか。」

    笑いながら言う彼に,ミコトは苦笑。
    私はそんなんじゃないよ,と告げた。

    「自分が思ってるよりお前さんは優秀だ。…まぁ精々がんばってくれ。何も無いってのが最良なんだろうが――」
    「この様子じゃ,何もなさそうってのはちょっと希望的観測――かしら」

    男は深く頷いた。
    ミコトの携帯端末に映し出された映像を見る限り,決して楽観は出来ない。

    「まさか,魔鋼(ミスリル)を運んでたトラックが1台じゃなかったなんて」
    「それ以外にもスパコンが数台,移動式の衛星通信設備,発電機まで持ちこんでる。何も無いって楽観できる状況じゃないな。」

    うん、と頷く。
    彼はそんなミコトを見て肩をすくめた。

    「まぁ,俺からもこの情報は王国軍に回しとく。警告も含めてな。」
    「うん、そっちは任せた。…じゃぁそろそろ行くね」
    「がんばれよ,お嬢ちゃん」

    軽くてを振ってケイン達の待つ(ミニバン)へと向かう――ミコトの背中に彼の声が掛かった。

    「――まぁ,男取り合う仲ってのもありかもなぁ。彼氏も大変だろうに」
    「な――!?」

    ガバっと後ろを振り返ったが,既に大型二輪にまたがった(おっさん)は手を振りつつミコト達とは反対方向に走り出していた。

    「そ,そんなんじゃないわよ――!」
    「まーたなー」



     ▽  △

     ▽


    合同演習訓練。

    これは一年を通して開かれる講座だ。
    学院の戦技科を中心に主催されているもので,学内にとどまらず学外にも広く開講されている講座でもある。
    学院の戦技科を中心として第一,ニ,三,研究過程生から希望者を募る。
    学外からは軍への就職を希望する者,各地方都市の軍準拠の養成学校,退役軍人の暇つぶし,ミリタリーオタクなどなど底辺は果てしない。
    今回集まった人数は,ミコトによると全895名。
    かなり多いと感じるが,毎回この位の参加者は居るとの事だ。

    ランディール広原についた俺達は,軍から派遣されてくる一部隊が管理するゲートを事前に受け取っていたIDでパスしてくぐりようやくキャンプ入りを果たした。


    俺達3人の車中の雰囲気は―――,アレだ。
    思い出したくない。

    穏やかな言葉の暴力の応酬*2時間,とだけ言っておこう。

    ――どうしてお前等二人はそんなに仲が悪いんだ…!?


     ▽  △


    1000人弱の人数がこの広原の一角に集まっていた。
    直ぐ北にはちょっとした森林が広がり,その向こうには巨大な亀裂がその姿を現している。
    国境も近いこの周辺は,他国の密偵が出入りしたりしているらしい。
    数年前にも何度かこの辺りでそれらしき戦闘があったとかなかったとか。軍の公式発表には勿論載っていない。

    ともかく。
    北側に森,南側には広大な平原。
    東側は中央キャンプ。今回軍が敷設した合同演習本部で,西側は少し行くと亀裂の本筋が地平の彼方まで広がっている。
    北側森奥の亀裂は,本筋から枝分かれした部分だ。…それでも底が見えないが。


     ▽


    登録した班ごとに別れて学院出資の補給物資を受け取り,それぞれ1日半のサバイバルへの準備を整える。
    それがこれからの予定で,今すべき事だ。

    俺とミコトは学院で行っていたとおりチームとして登録するつもりだった。
    が,ここで"も"一つ問題が発生した。


     ▽


    「ウィリティアはどうするんだ?」
    「わたくしはまだ班は決めてませんの」

    ちょっと困ったように笑う彼女。
    これから班を決めると言うには――いささか心苦しいものがあるのだろう。
    話によれば,ウィリティアもミコトと同様に過去数回参加しているみたいだが,結構班編成には苦労していたみたいだ。
    学院でもそうなのだから,現地で班を組もうとなるとやはり大変だろう。
    なら――

    俺はフム,と唸り

    「ミコト」
    「…む、なによ」

    知らん顔しようとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられんのだ。
    …と言うか,知り合いなんだろおまえら。仲も良さそうだし。

    「ウィリティアも入れないか?」
    「ん〜〜…」

    途端眉をしかめる。
    こいつにしては珍しい反応だ。
    …ウィリティアも似たような表情だ,何でだろ?

    「…問題でもあるのか?」
    「問題は無いんだけど…」
    「問題はありませんのですが…」

    ちらちらと御互いを伺いながら俺の問いに二人は同時に答える。
    やっぱり仲良いんじゃないか?

    「なんかあるって感じだよな…」

    俺の呟きに,何故か二人は探るようにこちらを見つめ――同時に溜息。

    「そんなに大した事じゃないわ」
    「そんなに大した事じゃありませんのよ」

    同じタイミングが気に入らないのか,むぅーーと睨み合う。
    やめぃ。

    「んじゃ俺達は3人で登録,と。」

    本部に置いてあった登録用紙に書き込み,これで完了だ。
    不備が無いかを一通りざっと確かめ,OK。大丈夫だ。
    書類は受理され,俺達は正式なチームとして登録された。

    二人を振り向く。

    「まぁ,なんだ。これからよろしく頼む」

    改めて言うのはなんだか照れくさいが,恐らくこのなかで一番足を引張りそうだから一応精神防衛の為に一言言っておこう。
    俺の言葉に二人は笑顔で――

    「こっちこそ宜しくね,ウィリティアが足を引張らなければ良いけど――」
    「こちらこそそ宜しくお願いします。ミコトが自爆しなければ良いのですが――」


    ギッ!


    笑顔反転すさまじいにらみ合い。
    だからやめぃ。

    恐らく――これは限りない確信だが。
    倒れるとしたら心労が原因だと思うぞ,俺は。

    別のチームに入れば良かったかな…などと,言ったら殺されそうな考えが頭を掠めた。


     ▽  △


    今回の訓練の趣旨は"慣れる事"。これに限る。
    と言うのは,この講座は1年を通して続けられるもので、後半に移るほど訓練内容は厳しくなっていくらしい。
    前半――とりわけ初期は,これからの訓練について来れるかどうかを篩い分ける為の意味もあるという。

    今回のこの講座は,今年始まって3回目。
    一回目,二回目は基本的な道具の取り扱い方と多数対多数のゲーム形式の戦闘訓練,それと山岳地帯への登山とキャンプと言うものだったらしい。
    聞く分には楽そうにも思えるが――実態は全く違うとの事。軍から派遣されてきた教官が教官だからだろうか。
    説明するミコトは少々困った顔で笑っていた。その時参加していたらしいウィリティアもだ。


     ▽


    今回はサバイバル(生き残り)訓練。
    何がどう生き残ればいいのかと言うと,話は簡単だ。

    これから各自班毎の準備を整えた後,一度解散。そのまま自分達が思う方向へと散って身を潜める。
    ランディール広原全域に各チーム毎に"潜伏"し,遭遇した敵チームを潰す。
    ルールはこれだけだ。

    完全な遭遇戦。

    勿論積極的に戦わなくても良い。
    各地を転々としつつ明日正午まで逃げ回るのも一つの手段だ。しかし――
    その場合は教官の部隊,正規部隊から数人が"襲撃"に掛かるとの事。
    どちらにしても戦わなければならなくなる。

    遭遇戦,待ち伏せ,逃げ回って勝ちを取る。
    どれを選んでも構わない。どれも戦うというリスクを負うには変わりが無い。


    さて,俺達はと言えば――


     ▽
     
     
    「私達は,選択肢その3ね。」

    逃げまわる,とミコトは宣言した。
    それには理由がある。先日俺とミコトが話し合っていた"あの"件がらみだ。

    「何故です? 逃げ回らずに戦いを挑む,と言うのも一つの手ではありません?」

    第4の選択肢か。それは思いつかなかったなぁ…平和主義者の俺としては。
    決して避けてたわけじゃないぞ。

    「確かにこっちからの襲撃はありだとは思うんだけど…今回はパス。ちょっと気にかかる事があって,そっちを調べる方を優先したいから」

    だから気に入らなければ抜けてくださっても構わないんですよ,ウィリティアさん? とか言いやがった。
    ウィリティアは当然眉を顰める。

    「何をするかも言わずにチームを抜けるなんて出来ませんわ。―― 一体何を企んでいらっしゃるの?」

    それはそうだ。
    俺はミコトを見るとアイツも肩をすくめて見せた。

    「…ランディール広原(ここ)には今日…と言うか,ここ1週間くらい前から別のグループも入りこんでて,好き勝手に史跡周辺でなにかしてるのよ。それがどうしても気になるの。」
    「そんな連中放っておけば良いじゃないありませんか。」

    呆れたように言うウィリティア。俺もミコトもそう思ってはいるんだが,無視できない要素ってやつもある。

    「…その連中な,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)らしいんだよ」

    俺の言葉にウィリティアは驚いた表情を作る。

    魔鋼錬金協会。
    一般には魔鋼(ミスリル)の製造を担う王国の公的機関だが,その前身は秘密結社(フリーメーソン)
    1000年前の旧ファルナ崩壊と王国動乱の原因を作ったとされる元凶で,凶科学者(マッド・サイエンティスト)達の集団だった。
    現代では何ら活動をしていない,ほとんど無害な連中なのだが――

    「彼等,今回の史跡調査に限って変な機材・資材を持ちこんでて,大規模魔導陣を作ってるみたいなのよ」
    「大規模魔導陣って…一体何をするつもりなんでしょう?」

    激しく困惑しているウィリティア。さもあらん。俺もミコトも混乱している。
    奴等なにを思ったのか,邪龍と英雄ランディールの決戦場となったクレーター跡地にスパコンと何かの通信設備,それに大量の駆動式を刻印したミスリルを持ちこんで装置を作っていやがった。
    ミコトが自分の代行で監視を頼んでいた情報屋から受け取った最終報告の映像――先程受け取ったものだ――にはその作業光景が映されていた。

    「意図がわからないし,本当だったら近づかないのが得策なんだろうけど。」

    ミコトは溜息一つ。

    「もう知っちゃったし,私の性格上――放っておく事って無理みたいなのよね」

    納得するまで私は動くよ,と苦笑。

    「俺もコイツに付き合うさ。一月前から色々と聞いてるし――まぁ誘われた手前こいつが居ないとここに来た意味が無いしな」

    実は気になる事実も多いのだが,直接関係するとは限らないし思えない。
    …それにもし,そっちの監視の法が楽ならばそれに越した事は無い。
    変な敵チームに狙われて喧嘩するよか遥かに安全だ。…教官の部隊から狙われることはあるかもしれないが。

    「…魔鋼錬金協会,と仰いましたよね?」
    「ええ。」

    何かを確かめるように言うウィリティア。
    ミコトが肯定すると,ウィリティアは うん、と一つ頷き,答える。

    「ならわたくしも同席させていただきますわ。」
    「良いのか? あんまり意味無いと思うけどな」

    俺の言葉に苦笑。それはそうでしょうけど,と前置きする。

    「魔鋼錬金協会は魔鋼(ミスリル)を誰よりもよく知る知能集団(シンクタンク)ですもの。わたくしも彼等が組み立てていると言う装置が気になりますわ」

    ふむ。さすが魔法科の天才だ。いつでも好奇心に富んでいる。
    俺はそれで納得したが,何故かミコトとウィリティアは――微笑みあっている?

    「あらあら。別に無理する事はないんですよ?ウィリティアさん。これは元々私とケイの(・・・・・)問題ですし,部外者(・・・)を付き合わせるわけにはいきませんよ」
    ケイとは半年以上の付き合いですから,と邪笑(わら)う。

    「いえいえ、お気になさらないで下さいな。わたくしが居た方が色々と助かるのではなくて? 装置の効果や特徴,何をしようとしているのか等は私とケイン(・・・・・)が一緒に考えた方が早いですわよ?」
    なんたって同じ研究班ですし,と邪微笑(ほほえ)む。

    ニコニコニコニコ。

    静かな――しかし確かな物理的な圧力を持った笑顔の恫喝。
    どちらも等しく――怖い。

    つか。


    「俺をダシにするのは止めてくれ…」


    限りない本音で俺はそうそう呟くのが精一杯だった。


     ▽  △


    「うわー,先輩コワ〜」

    学院の主催する演習訓練――そのベースキャンプを見下ろせる小高い丘の上に,ジャケットとレザーパンツ,安全靴で身を包んだ少女が双眼鏡を使ってキャンプの一角を楽しそうに見ていた。

    彼女はミスティカ・レン――夜の(リディル)の覇者の片割れ。
    EX(異端者)狂速の淑女(マッド・スピード・レディ)だ。
    カレンは,自分の住むマーシェル探偵事務所の所長――エステラルド・マーシェルからの任務で彼女(ミコト)をマークしている。
    最初はミコトの助けになることが出来ずにぶーぶー言っていたが,次第にこの状況を楽しんで――いや、受け入れていた。

    (リディル)からここ(英雄の丘)までの道中,それはそれは興味深い光景を目にする事が出来た。
    車中にはミコトと名も知らない男女一人ずつの計3人。
    まぁ大体予想はつくが,男を取り合ってミコト(先輩)と金髪の美人さんが争っていると言うのだから見物だ。
    音声までは聞こえなかったのが残念でならない。
    しかし,その戦闘は今もどうやら継続中らしい。激しく聞きたい。何を言い争っているのか聞きたくてたまらない――!

    「あーもう! こんな楽しそうな機会(イベント)なんて滅多にないのにっ! ジンのバカ,早く来て交代してよ―!」

    地団太踏んで悔しがるカレンの意志は本物だ。
    如何に夜の街を統べるEXの覇者(マッド・スピード・レディ)といえど――彼女はまだまだ17歳。年相応の少女に過ぎなかった。

    カレンの罵る同僚にして相棒のジン(凶速の渡り鳥)は,今現在王国最西部の軍事都市メティナに向かって移動中。
    ここからだと数百km遥か彼方の座標を彼の能力(EX)で吹っ飛んでいる。彼女の願いを聞き届けるものは――居ないと言う事だった。



     ▽  △


    さて。
    突然ではあるが,場面を少し変える事にする。

    都市リディル――1000年前に起こった王国動乱を乗り越えリディル砦を核として再建されたこの都市は王命により最優先で再建された。
    王の友,ランディールの願いでもあったという逸話も残っている。

    それはさて置き――都市の建設に当たって王命が発せられたとは言えど,王が直接再建の指揮を取ったわけではない。
    賢王は,動乱を機に王国全土にわたる抜本的な体制の見なおしを検討しており,そちらの方が重要な件だった。
    が,かと言ってリディルを放り出せるわけでもなく――その頃一番信の厚かった伯爵へと一任する事になる。

    アリュースト伯爵。
    賢王の友ランディールと同じく王国の英雄として名高い武人。
    剣を取れば一騎当千,それを振るえば必勝確実と言われるほどの豪傑だ。
    また王国への忠誠も確かで,普段は温厚な人柄。知に溢れると言う点でも彼は完璧だった。
    故に,彼は国王から授かったそのリディル再建を見事に成し遂げ,リディル伯と名乗ることを許される。

    以来1000年。
    体制は時代の必要とする形態へと臨機応変に変わりながら,今に至る。

    現在都市リディルは民主制を取っている。
    都市は市長が治め,都市議会が運営を担っている。

    だが,リディル伯と言う影響力はそれとは別に未だ色濃く残っていた。
    王国自体がまだ王制を採っていることもあるが,貴族の影響力は保有財源と言う面で発言権を大きく持つ。
    資本主義体系に移行している王国にしてもそれは変わらず,そしてリディルではそれが顕著に表れてもいる。

    現在の都市リディルは市長が治めている。それは確かだ。
    が,実際の形態はリディル伯が居て,その下に市長,都市議会があるというのが現状だったりもする。
    また,リディル伯は都市リディルの防衛機構――警察機構や軍の統括者でもある。
    それは,この街で絶対普遍の事実だった。

    もう一つある。
    現在のリディル伯は,ジェディオール・アリュースト伯爵と言う60過ぎの老紳士(爺さま)なのだが,彼は現在王国南東部の温泉地に高飛び――もとい調査及び実地検分している。
    その間の代行を務めるのは,彼の孫娘。

    彼女は8年ほど前の最年少学院次席にして,そして現在こそ引退をしているものの元宮廷師団戦師(ウォーマスター)
    "絶対殲滅"の異名を持つ,ディルレイラ・アリューストという女性だった。


     △

     
    リディルの北部には貴族の館が多く建つ高級住宅街がある。
    ウィリティアの住む館もこの辺りに建っている。
    そこから更に北へ数分ほど上ったところにある一軒の大邸宅。
    それがディルレイラの住む執務用仮設住宅だ。本宅は王都にある。1000年前から。

    彼女は現在24歳,栗色のショートカットに服装を黒系に纏めた美人。
    先日マーシェル探偵事務所にいた麗人こそ彼女だった。


     △


    ディルレイラは不機嫌だった。
    不機嫌の原因は一つ。
    いつもの事ながら,事務所の連中(主にエストのバカ)からよってたかって仲間はずれにされているのが気に食わないからだ。

    ――私だって,やれる事あるのに。

    ぶすーっとお茶を飲む図は,まぁそれはそれで可愛らしいものがなくはない。
    傍についている侍女が微笑ましく見ている。

    いつもいつもいつもいつも―――エストは私を仲間はずれにして自分達だけ楽しんでさ。学院の頃からいっつもだったわよね。まったく――

    思考は止めど無く。
    ぐちぐちぐちぐちと頭の中だけでエステラルド(想い人)を罵る。
    無論顔には若干しか出さない。滲み出るのは,まぁしょうがないだろう。

    「お嬢さま」
    「なに?」

    思考を中断,傍に控えていたメイドのサラが呼んでいる。

    「駐留軍より連絡員がいらっしゃいました。」
    「通しなさい」

    一礼して下がるサラ。
    その間にディルレイラは姿勢をただし,服装を整える。
    今ここに居ないジェディオール(爺さま)の代わりとして王都から呼び戻されてはや5年。
    宮廷師団を止めてまで戻ってきたと言うのに,ついた職は閑職。まぁ待遇は結構どうでも良い。
    当時は色々な事情が重なって,それでなくても戻るつもりではあったのだ。彼女にとって最重要な事は――エストと共に在る事なのだから。
    まさかリディル伯代行(厄介事)を請け負わされるとは思わなかったが。


    凛とした雰囲気――を無理やり纏う。

    上司たる者,部下に対しては一切の動揺を見せるべからず。

    彼女の持つ言葉の一つであり,今まで破った事のない決まり事の一つだ。
    責任ある者の努め。力ある者の義務。
    これはディルレイラにとって当たり前のことだ。

    「リディル駐留軍から派遣されたレイド・アーディルスであります!」
    「入室を許可する…入りなさい。」

     △

    「大規模魔導陣…」
    「は。今朝10時49分に王国所有の惑星監視衛星(古代遺産)で確認した所,ランディール広原にて確かにそのような布陣が成されておりました」

    先日のアレがらみだろう,とディルレイラは見当をつけた。
    それに関してはエストもカレンもジンも動いている。が――

    ニヤリ

    「し、司令官殿?」

    その雰囲気の変容を感じ取ったのか,レイドと名乗った兵士は若干冷や汗をかく。
    が,しかしそのおかしな雰囲気は瞬間で消えた。もとの冷静で落ち着いた気配が辺りを覆い尽くす。

    「…状況はわかりました。駐留軍にはコードG-HWPFIを発令。出撃体制で現状維持を。」
    「は。了解しました!」
    「私は直接現地に向かいます。…それ以降は追って指示する」
    「Yes,Mam!」

    有無を言わさぬ言で閉める。
    レイド青年は命令を伝えるべく急ぎ足で退出した。

    「やれやれ…」

    ディルレイラはふぅと溜息をつく。
    いつもながら軍の堅苦しい雰囲気は苦手だ。なんで通信でやり取りできないんだろう、と愚痴る。

    これはしょうがない。
    通信技術は便利なものには違いないのだが,送信する相手が貴族ともなると階級と身分制が枷となる。
    王国において階級制は別にあってもなくても構わなくなってきているのが現状なのだが,2400年も続いていると言う慣習からいまだに貴族に対する扱いは代わらない。

    身分差による対面は,実のところ上下関係が如実に現れている。
    通信で言うならば,貴族から平民にはモニター越しでも構わないが,平民から貴族へとなると,モニターや通話口越しではすまない。
    無論,これは公的な面会における場合だ,いつもいつもそうと言うわけではないのだが――

    「不便過ぎるシステムだわ」

    ディルレイラにしてみれば,これは改革に値すべき事なのかもしれない。
    情報が価値を主張するこの時代,何時までも旧式の儀礼に従うのもばかばかしい。後で国王に進言すべき事項にしておくと心に留める。

    それはともかく――

    「何かと,こう言う事には首を突っ込む口実に事欠かない職ではあるのよね…これも。」

    そう言ってにんまりと笑った。
    彼女(ディルレイラ)にとってリディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行は,その程度の価値しかなかった。


    そして彼女も一路ランディール広原へと足を向ける。



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                            └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆前 / サム (04/11/30(Tue) 21:53) #87
                              └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆中 / サム (04/12/01(Wed) 21:58) #88
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