Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

■130 / 21階層)  "紅い魔鋼"――◇十一話◆
□投稿者/ サム -(2005/01/18(Tue) 18:42:09)
    2005/01/18(Tue) 18:44:45 編集(投稿者)

     ◇ 第11話 『空隙』◆

    ―ランディール広原・合同演習訓練仮本営―

    学院主催の合同演習訓練は中止された。
    既に参加者達は全員がここからさらに数km後方に後退し,そこで待機している。

    リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ディルレイラ・アリューストは,その本営の作戦室を徴発し,リディルの軍駐屯地に駐在していた三人の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使いと共に居た。
    既に事態は進行しつつあり,史跡から2km程離れたこの場所でも巨大魔導陣の展開状況を認識する事ができる。
    3人はこの状況に対処するために派遣された――と言うか,ディルレイラに呼び出されたドライブエンジン使い達だった。

    三人の持つドライブエンジンはヴァルキリータイプで通称VAと呼称されている。
    ヴァルキリーヘルム(戦乙女)は女性軍人に貸与されるドライブエンジンで,防性半自立機動と言う歩兵用の個人装備だ。
    扱うには最低でも第3階級の魔力誘導印(シンボル)が必要とされている。実力の在る軍人か,年齢制限のある国家試験を通らなければ資格取得は困難な壁だ。

    彼女達3人――それにディルレイラはその難関を乗り越えた者たち。
    それぞれが右手の甲に刻印(・・)された第3階級印を持っている。ディルレイラは元宮廷師団員だったこともあり,もう一段階上の第2階級印(ランクB)を有する数少ない国家公務員でもある。
    無論,宮廷師団を辞めた今でも(シンボル)は有効だ。
    有事の際には先頭に立って事に当たる義務を持つ事になるが。
    そして,現在がその状況でもある。

     
     ▽
     
     
    「状況は説明した通り。それぞれが配置についたら最大出力で結界を形成,指示があるまで状態を維持する事。」
    「「「了解」」」

    既にヴァルキリーヘルム(ドライブエンジン)の外装を纏っている三人は,声を揃えてディルレイラ(総司令)に応えた。
    標準装備のVA5シリーズは,王国でも最新バージョンのものだ。ちなみにVA9タイプは試験(テスト)タイプになる。
    主に防御を担当とするヴァルキリータイプでも特に防御に特化した性能を持つVA5シリーズの最大の特徴は,その全開駆動形態(オーバードライブ)にある。
    それは魔法駆動機関(ドライブエンジン)の全状態を式化・魔力展開(マナライズ)し,全出力を持って結界を形成する形態を指す。
    自分自身の外装を全てはずすことになるが,絶対に突破不可能な防壁を形成することが出きると言う一種の最終手段だ。
    もともと護衛部隊として行動するヴァルキリー部隊(彼女達)にとってはそれは手段のみならず,意識としても重要な意味を持っている。自分たちは護り手なのだと言う意味を。
    自らの役割を認識する手段でもある,と言う事だ。

    そんな彼女等3人の今回の任務は,現在展開中の大規模魔導陣を結界で包み込む事。
    一人では限界がある局所防御結界も,3人で領域を分担することで可能なことは実践済みだ。
    もっとも相性の良い3人を選び,今回の任務に抜擢した。
    無論選んだのはこの場の総責任者であるディルレイラだ。

    「事態は依然として全容が知れない。情報は少ないけど,協会(シンクタンク)の創る魔導陣である事はわかっている。彼らは天才ではあるけど同時に研究者でもある。そこが今回のもっとも難しい点だわ。」
    「それはどう言う事でしょうか?」

    呼称ヴァルキリーA512の保持者(ドライバー)リアがディルレイラに質問する。
    研究者である事の難点の意味が良くわからない。

    「彼らは天才で研究者。疑問には答えを求める事は当然の事…でも答えを求める手段は最も直接的なものを選択する傾向が強い…それが何を意味するかと言うと――」

    彼女は夜空に輝く魔導陣に視線を移し,戻す。

    「ああなると言うわけ。遠目からでは意識妨害がかけられていて陣の解析は出来ないけど,アレだけ大規模なものともなると周囲になにも影響が無いはずが無い…と言うより必ず何らかの作用を及ぼすはず。魔法とはそういうものでしょ?」

    なるほど,とリアは頷く。
    魔法は局所的な世界干渉(限定現象)だ,アレが魔法である以上何らかの状態で世界に干渉する事は自明だった。

    「対処に関しての貴方達の作戦内容は以上。質問は?」
    「先輩――いえ,総司令のこれからの行動内容はどのようになっているのでしょうか?」

    3人の中で最も冷静なミーディが問う。
    リアが先頭たってチームを引っ張るリーダーならばミーディはその参謀的な役割をこなす。
    最後の一人,ディルレイラを含めた自分以外の3人をニコニコと見守るランはムードメーカーだ。無論実力は折り紙付き。

    この場の3人は,実はディルレイラの2年ほど後輩に当たる。
    学院時代を共にすごした仲間でもあり,無論ディルレイラと同期のエステラルドとも面識を持ってもいる。
    この場の四人とエステラルド,その他数名は戦技科に学ぶ同じ部隊(チーム)だった事から,彼女(ディルレイラ)の行動にはいつも無茶や無謀の二文字がついてまわっていた事を良く認識しているのも道理。
    そして久しく呼び出されて見ればこの事態。
    ミーディが『先輩はまた何か無茶をしでかすんじゃないのか?』と不審に思わないはずが無い。

    「私は避難し遅れた3人の保護(・・・・・・・・・・・ )に向かうわ。」
    「お一人で,ですか?」

    やっぱり,といった表情でミーディが聞き返す。が,それにニコリと笑ってディルレイラは答えた。

    「一人じゃないわ,私には"サラ"がいるから――」

    そういって魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動・展開。
    腕輪(ブレスレット)が淡く光り,収束する。
    一瞬後,隣に一人のメイドが佇んでいた。
    深々と一礼し,瞼を閉じた笑みのまま顔を上げる。

    「…完全自立機動歩兵ユニット・装甲外装制御人工精霊No.02"サラ"全開駆動展開完了(オーバードライブ)。おはようございます,お嬢様(マスター)。」
    「今は夜よ」
    「起きたときの挨拶はおはよう,と仰ったのはお嬢様ですが」
    「…まぁ良いわ。作戦内容は追って教えるから今はとりあえずいっしょにきて。」
    はい,お嬢様(イエス・マスター)

    出現したメイドに3人は驚いていたが,最も驚いていたのはやはり知恵袋のミーディだった。
    ナンバーの呼称が許される人工精霊は初期に自然発生した三体にのみ許される始祖認識番号(オールドナンバー)と聞いた事がある。
    つまりは――

    「始祖の人工精霊,ですか?」
    「そう言う事。思考共有している分,頼りになる相棒(パートナー)ってわけ。…もう昔みたいな無茶はしないわよ,ミーディは心配しないで自分の仕事をこなしなさい」
    「了解しました」

    ディルレイラは頷き,3人に質問が無いかもう一度確かめた。沈黙を肯定として受け止める。
    ならば,言っておく事は後一つ。

    「3人とも,このような地点防御の任務に当たる上で必要な事は自己の判断。もし限界を感じたりした場合は3人同時に離脱しなさい。貴方達が最後の盾である以上,判断は貴方達で下さなければならない。もし前線の部隊に配属されたらそれが一層要求される事になることを念頭に置く事。よろしくて?」
    「「「YES,Mam!」」」
    「よろしい。では,作戦発動。行動開始!」

    同時に3人は外へ掛けだし,一瞬でその場から高機動魔法を駆動した。
    駆け去る3人を見ながら,彼女は一息つく。

    「さて…3人のうち一人はミヤセ・ミコト。残り二人はチームメイトか…手早く合流するとしましょうか――サラ」
    「はい。」
    稼動率降下・通常駆動モード(ヒートダウン)・外装展開」
    Yes(はい)外装展開(ドライブスタート)

    音声言語から思念へと伝達媒体が変わる。
    サラの外観が魔力線(マナライン)に分解され,光の筋となったそれらがディルレイラに絡み付いた。
    一瞬後,漆黒の鎧を纏うディルレイラがそこに居た。
    サラ自身は元々の形態である外殻装甲に戻り,人工精霊としての本来の姿に戻る。即ち――保持者(ドライバー)の意識領域のみの存在へと。
    ディルレイラは通常駆動状態では頭部外装(フェイスシェル)は付けない。

    栗色の髪が風に揺れた。

    「じゃぁ,私達も行きましょうか」
    Yes,Master(はい,お嬢様)

    そして彼女の姿も風の中に消えた。


     ▽   ▽

    先行したケインとウィリティアは制御装置の一つにたどり着いた。
    直上の魔導陣はその回転を徐々に早めつつ,そして構成する駆動式の展開状況はさらに激しくなってきている。
    もはや人間の思考では処理が追いつかないほどの速度だ。スーパーコンピュータ(古代遺産)を使うと言う発想は実に実用的であるとほとほと感心してしまう。

    「だめだ,ここを止めても残りの制御装置で処理が分担されるようになってる…停止は無理だ」
    「みたいですね,しかし――」

    ここに到達するまで一切の妨害は無かった。
    途中幾つもの監視装置を見かけたことからこちらの事は当にばれていると言うのに――

    「妨害する必要が無い,と言う事でしょうか」
    「手は無いのか…?」

    ミコトの言う危機がすぐそこで稼動している。
    この場に居るのは自分たちだけ,しかし制御装置を前にしても何も出来ない,したとしてもどうにもならない。
    く,と歯噛みする。
    しかしやるだけやらなければ――!

    「ウィリティア,その制御装置から中枢に侵入して情報を集めれるだけ集めてくれ」
    「現状ではそれが最善のようですね…ケインは?」
    「俺はアレを遅らせれるだけ遅らせてみる」

    ウィリティアは目を見開いた。
    人知を超える魔導陣と真っ向からぶつかろうと言うのだろうか。

    「無茶ですわ!あなた何を言って――」
    「そりゃわかってるよ。大丈夫,危ないと思ったらすぐ止める――だから,」
    「危険なんて言う生易しい言葉じゃ言えないくらいのモノですわよ,あれは!ヒトが直接介入するには処理能力が足りなさ過ぎです!」
    「だからってほっとけってのか!?」

    ケインにはそんな事はわかっていた。
    だが何も出来ずにここで突っ立っているわけにも行かない。
    これでは事前に予期していた意味が全く無いじゃないか――!


    「冷静におなりなさいな,ケイン。」


    さっきまで怒鳴り合っていたはずウィリティアの静かな声に,ケインはハっと我に返る。
    唐突に冷める思考。

    「無茶をして壊れてしまってもダメです。ヒトには出来る事と出来ない事がある。それを認識していなければ自滅するだけですわよ」
    「そう…だな,悪い。熱くなりすぎてたか」
    「現状で出来る事は情報の収集です。そしてポイントEでミコトと合流して一度帰還。これが最初に決めた手順でしたでしょう?」
    「ああ,そうだった。」

    よくよく考えてみれば介入不可能な場合の行動内容も決めてあった。
    それを忘れるほど熱くなったってのか――自分はこんな切羽詰った状況には向いてないみたいだ。

    苦笑。
    ちょっとは心に余裕が出来た。

    「冷静さを取り戻したみたいですわね。」

    心なしかウィリティアの声も緊張が解けた感じがする。

    「悪い,熱くなりすぎてたみたいだ」
    「構いませんわ――こういった状況ではしょうがない事ですもの」

    そう言いつつ制御装置のシステムに介入(ハック)
    人工精霊の処理能力でもってデータを収集を開始する。

    ケインはもう一度上空の魔導陣を見上げた――,!?

    「な,アレは――!?」


     △   ▽


    「第3制御装置への侵入を確認。」
    「監視モニタで確認せよ。」
    「状況確認,先の学院生二名。…驚いたな,まさか学生にハックされるとはね」
    「第3制御装置隔離。リンク切断。最高学府だからな,優秀な人材なんだろう」
    「切断確認,状況に遅滞なし。動作基準を保っています。」

    口々にそう言いながらも対処を実行している。
    ディヌティスはその状況を見ながら,ようやく全ての準備が整った事を確認した。

    「さて諸君,いよいよ全ての準備は整った。」

    静まる管制室。
    モニタの中央に映されているのは魔導陣,その左下に1/4サイズで映されている,膨大な魔力を単体で発生させている錫杖型魔法駆動媒体(杖型ARMS)
    反対側にはファルナの本部地下に隠匿されている古代遺跡からのデータリンク状況。

    全て準備完了(オールグリーン)

    「ではこれから,過去の再現をはじめる。…これはドートン先生の生涯を掛けた成果の粋だ,心に刻み込んでおこう。」

    頷く気配。
    皆わかっている。これを発動させればもう2度と(ルアニク・ドートン)と会うことはないと言うことを。
    今まで彼らがルアニク・ドートンと共に歩んできた道を思い出し――それも今だけは見ない振りをしよう。

    限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ)完全展開駆動…開始。」
    「各変動値(パラメータ)の入力開始。」
    「空列駆動式への代入開始。」
    「仮想時系列設定の初期化完了・再起動…成功(ヒット)。状況安定,現実空間とのリンク開始」

    魔導陣が更に輝き出した。
    周回軌道を回る魔法文字(マナグラフ)の速度が上がり,魔導陣を球形に形作っている全個所の魔導機構が激しく展開し始める。
    緑色の魔力の光を撒き散らしながら――それは徐々に輝きを増してゆく。
    球の表面を,まるで波紋のように駆動式が伝播し,適応する形に収まり,次々に波のように押し寄せる情報に適合するように状態を変化させる。

    全てが事前のシミュレート通り。
    収束する状況も恐らく寸分違わず予測通りのものになるだろう。
    最後の命令を下す。

    「…データ開放。仮想時系列への入力開始。」
    「仮想時系列への展開・状況設定・全シミュレート開始します…!」

    オペレータの操作で,その全てが始まった。


     ▽   △


    「……」

    史跡を見下ろせる小高い丘の上に佇む老人が,現状を見て静かに頷いた。

    上空に展開している魔導陣は,その緑色の輝きを限界近くまで高めている。
    史跡の周辺を囲むように並べられた2×3m程の長方形の魔鋼(ミスリル)板に刻まれた増幅用基礎魔法言語(マナグラフ)からの援護(バックアップ)を受けて,揺るぐ事無く確実な駆動を続ける巨大な魔法駆動陣(シミュレータ)
    その所々に見られる空列に,変動する数列(現代文字)が入力されはじめた。
    ルアニクはそれを見て確信する。

    "時は近い"と。

    ようやく訪れた解を得る瞬間。
    長年求め続けてきた,自分の根源たる問いへの正しい答えがもう少しで手に入れる事が出きる。
    その位置に居る事を確実に感じる。

    「…だが,現実はなかなかうまく行かないものでもあるのだな。この歳になって実感したくないとは思っていたのだが…まだ危険値(リスク)を排除しきれていなかったか」
    「それはご愁傷様でしたわね。…さて,魔鋼錬金協会長。この事態,どうご説明なさるつもりですか?」

    背後に佇む漆黒の装甲外殻を纏う女性。
    口調は優しくとも瞳に浮かべる色は厳しい。

    「私のことは調査済みか。…君は王国軍の者かね?」

    問いつつもルアニクは近接格闘術の構えを取る。
    対する彼女も構えを取りつつ返答する。

    「私はディルレイラ・アリュースト。リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ですわ」


     ▽   △
     
    「二人とも,位置に付いた?」

    ヴァルキリーヘルムを装着し,ポイントについたリアは残る二人のミーディとランに問う。
    3人は人工精霊を介した意識共有(ネットワーク)で繋がっていた。

    『準備完了,いつでもどうぞ』
    『私もおーけーで〜す!』

    二人の返答に よし! とリアは気合を入れなおす。
    何せヴァルキリーヘルム(戦乙女)を貸与されてからはじめての任務だ,否応無く戦意が高まる。
    それも滅多に使われる事のない全展開駆動状態(オーバードライブ)まで使った,文字通り全力を費やすという要求。加えてミーディとランとの連携プレーだ。
    ディー先輩(ディルレイラ)から呼び出されたときはまた何か無茶をやらされるんだと思っていたが,やっぱりその予測は間違っていなかった。

    胸が踊る。
    ディー先輩とエスト先輩達が宮廷師団に行ってからは正直平凡な日々が続いていた。
    軍に入隊してもイマイチで,それまでの生活が刺激的過ぎたせいか張り合いがないと感じていたことも事実。
    任務に関しては真剣に取り組んでいたものの,感想はそんなものだった。
    だからリアは,いつかまたディルレイラ(先輩)達と共に心踊る冒険をしたいとか思っていたものだ。
    それがなんか知らないけど今日突然実現した。

    『リアはよろしい?』
    『ぼーっとしちゃダメだよ?』

    ここ数年ずっと組んできたユニットのメンバー,ミーディとランの意識(こえ)で我に返る。
    タイミングを計って結界(シールド)を発動する合図をだすのは自分だ,忘れちゃいない。

    「うん,だいじょぶ! じゃあ行くよ…3!」
    (トゥー)
    『…いち()!』

    『『「ヴァルキリーヘルム(戦乙女)全開駆動開始(オーバードライブ)!!」』』

    3人の纏う装甲外殻が式化・魔力展開(マナライズ)し,その魔法駆動機関(ドライブエンジン)構想概念である本来の意味の通り(・・・・・・・・・・・・・・・)強固な結界(シールド)を形成する。
    それぞれの立つ位置を頂点とした正三角形,そこから空へ投射された結界の壁は一箇所で交わり,球形巨大魔導陣を包み込む正四面体の封印を成す。

    『状態良好・出力安定。』

    人工精霊ティアの報告にひとまずホッと一息。とりあえず結界の形成には成功したようだ。
    そこでリアはいつも通りミーディとランに一言。

    「よし,いっちょ頑張りましょーか!」

    応える意識(こえ)が二つ。これまたいつも通りに変わらないいつも通りのこえだ。

    『いつも通りにね』
    『リラックスリラックス〜』

    漣のように伝わる意識は微笑みの感。
    思わず零れる笑みに力んでいた意識も緩和される。
    どのくらい長くなるかはわからないが――

    「ディー先輩,がんばです!」


     ▽   △


    最後の丘を下り,ミコトは点在する林の一つを高速で駆けぬける。
    とは言っても足裏に展開した仮想斥力場で地面から数センチのところに浮上し,重力・加速制御を施した高速平行移動――ホバリングしているのと変わらない状態。
    極度の前傾姿勢で自身の出しうる最高速度を維持・制御している。

    すぐ上空では魔導陣が完全展開稼動し始めていた。
    目まぐるしく変化する構成駆動式は,文字群と言うよりまるで万華鏡を見ているような激しい動きを見せ,その球の衛星軌道を幾重にも囲んでいる帯状の魔導機構は交差するように回転している。
    しかし先ほどと全く異なった要素が絡み始めた。

    ――数字だ。
    駆動式はそれ自体が魔法文字(マナグラフ)と言う魔導形成言語から成り立っている。
    これは原子における素粒子のような関系,つまりこれ以上分けられる事のない最小単位のようなものだ。
    魔法における魔法文字(マナグラフ)は,魔導技術の最小単位。これに記述されていない(・・・・・・・・)文体系は駆導式に組み込んだところで意味はない。

    全くの無意味なのだ(・・・・・・・・・)

    それは,この世界の人間ならば誰でも知っている事。
    魔法を学ぶもの達にとっては常識以前の当たり前の事実でしかない。
    にもかかわらず,それが組み込まれている――!?

    「何が起こるって言うの…!?」

    疾風を全開駆動させ,ケインとウィリティアを目指して地上数センチを飛翔するミコトは下唇を噛む。

    と。
    たった今通りすぎた地点を緑光の直線が空間を切断した。

    「なっ!」
    「あわっ!」

    いきなりの空間隔離と,自分以外の声に驚いて即座に声のした左方を確認。
    そこには並走するゴーグルにレザ―ジャケットの少女。
    彼女は――

    「ミスティ!」
    「先輩,どうもー」

    思わず昔の呼び名で彼女を叫んだ。
    やははーなどと気軽に手を振っているのはミスティカ・レン(マッドスピードレディ)だ。

    「なんでこんな所に!?」
    「あー,やっぱ気づいてなかったですね。私今朝からずーっと先輩達3人をマークしてたんですよ,これが。」
    「…な!」
    「色々言いたい事あるのはわかってます,報告に関しても事情があって教えれなくて済みません…。でもま,今は――」

    彼女(ミスティカ・レン)が前方上空に目を向ける。つられて視線を向ける先には,いよいよその魔力の輝きが臨界に達そうかと言う魔導陣。
    そうだ,今はひとまずミスティは置いて置く事にして…

    「そう,ね。とりあえず今は急がないと…」
    「…私,ぎりぎりで滑り込んでよかったのかなぁ」

    ぼやくミスティに苦笑する。
    しかし退路は遮断された。行き場が前方にしかないのは自分も彼女も同じ。
    ミコト自身はもとより引くつもりは無かったが。

    それよりも今気になる要素は二つ。
    一つは魔導陣の直下に居るケインとウィリティアの安否。予定通りならば情報収集を行っている最中のはずだ。
    もう一つは,退路を遮断した結界だ。
    半年前見たモノに似ている(・・・・・・・・・・・・)と言うことは――

    「ミスティ,あの結界に心当たりある? 多分――ううん,絶対に軍のVA部隊(ヴァルキリー)が出張ってきてると思うんだけど…数は――」

    その形成された結界の規模,展開状態を考慮すると――。

    「恐らく4人以下,その内一人はアサルトタイプ(攻性型)かもしれない…」
    「うわ,もうそこまで読んじゃいますか…ほとんど正解です,多分。」
    「てことは,王国軍はもう対処し始めてるって事?」

    そこでミスティカは諦めた笑顔を浮かべた。
    その顔に妙にイヤな予感を感じる。

    「多分いち早く対処したのは駐留軍と周辺防衛機構の決定権・指揮権を持つリディル伯代行――ディルレイラ・アリュースト元宮廷師団戦師(ウォーマスター)だと思います。」

    その言葉に固まる。
    いや,その名前にミコトは固まった。リディルに住む――いや,このアスターディン王国に住むものならば一度は聞いた事のある恐怖の象徴。

    「あ,やっぱり知ってます? レイラさん有名ですね。」

    にこにこと。
    ミスティカはミコトに微笑みディルレイラの名前を親しげに口にする。
    それが意味する所はミスティカ・レンと彼女(リディル伯代行)が知り合いである事を指しているのだが――
    今のミコトにはそこまで頭が回らない。
    なぜならば。

    「ぜ…"絶対殲滅"ですって…!?」
    「やっぱ,そこですよねネックは。まぁでも…」

    ミスティカは変動する二つの魔力の方向に一瞬だけ視線を移し。

    「先輩の心配するような事態にはならないと思いますよ。レイラさんも大人になりましたから…」

    と,どこか遠い目をしつつ呟いた。


     ▽   △


    数列(現代文字)の代行入力だって!?」

    駆動式の空列に入力され始めた数字を見てケインは叫んだ。
    その言葉に作業をしていたウィリティアも唖然と魔導陣を見上げる。
    二人とも我を忘れてしばしその光景に見入る。
    それほどにも常識からかけ離れた自体――ナンセンスな出来事だった。

    魔導機構は駆導式からなる。
    駆動式は魔法言語(マナグラフ)によって成り立つ。
    魔法の最小単位であるマナグラフには現代文字の数字は記載されていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)
    詰まり,駆動式内には数字の介入する余地はない。
    故に,魔導機構には数列は適用されない。
    それが意味する事は詰まり。

    現代文字には魔力と関われる要素は無い事を証明しているのだが――

    「…なんで,なんで構成式が崩れないんだ…!?」

    唇を震わせながら呟くケインの表情は青ざめている。
    ウィリティアも似たようなものだ,まるで幽霊と視線をあわせたような顔色になっている。
    ぎりぎりの世界干渉である魔法は,些細な記述ミスや歪な駆動式,不要な魔法文字(マナグラフ)の付加で容易に崩れてしまう。
    そんな繊細な魔導機構――引いては魔導陣のはずなのに,完全な異分子である現代文字が混じった形態を取って尚且つ全く魔力色相に崩壊の兆しが見えない。
    詰まりこれは,異分子が異分子として認識されてない――?

    「こんな事が可能なのか――?」
    「現実に,起こっています…私達の目の前で」

    既に自分を取り戻したのか,情報収集を切り上げたウィリティアが厳しい視線を魔導陣に飛ばしている。
    ケインももう一度その光景を見る。
    目まぐるしく変動する数値が,魔導陣の数カ所で展開している。
    悪夢だ。

    「…2種類」
    「…ん?どした?」

    ポツリと呟くウィリティアの小さな言葉を聞き取れなかったケインが聞き返した。

    「代入された数列は全8箇所。でも2種類の数列でしかありません…一つは0からのプラスカウント,もう一つは11桁の数列のマイナスカウント…恐らく時系列ですわね」
    「となると…,! まてよ,上の構成だとシミュレートされる指定空間座標は魔導陣円周直下――つまりこの周辺域約7万u。そこから上空150mまでの半球のドーム形状…そうか,上の魔導陣は影か!」
    「やられましたわ…しかもただの影だけじゃありません,あれは(ミラー)ですわ。」

    ウィリティアは悔しそうに呟く。

    「鏡…って,あ!」
    「結界の投射位置にはここからまた離れたところにあると言う事です,恐らくここを一望できるどこかの丘。この場の制御装置は保険でしょう」
    「そこのそれは増幅も兼ねているってわけか,手の込んだ事を…!」
    「上空の魔導陣は,本来ならばこの場で起こっている陣の展開現象を意図的に上空へずらしてその注意を釘付けにする。合わせ鏡の下の部分は周辺に敷き詰められた魔鋼(ミスリル)が代行。上空の展開している魔導陣の核には――恐らく本命からの魔力を直接受け取りつつ最も防御概念の高い純正の魔鋼(ミスリル)球を使用していると思います」

    瞬時にそこまで読んでみせるウィリティアの洞察力にケインは言葉も出ない。
    しかし,目の前の現実を見る限りそれだけの常識外の仮定が無ければ成り立たない事は,いっぱしの技術者であるケインにもわかる。わかってしまう。

    「式の細部を確認するだけでなく,全容を晒す事で陽動も兼ねているとして…それだけ魔鋼錬金協会も本気でこの実験を成功させようとしているんでしょう,しかし,一体何をしようと…」

    ひとまず,とウィリティアは先ほどの制御装置に向き直る。
    一通りデータは収集した。途中で中断したのは妨害が入ったからだ。
    ケインには伏せたが,この制御装置もとんでもない技術が使われている。

    同調動作機構(シンクロニシティ)
    一体のオリジナルの中枢制御装置が魔鋼製なのだろう。
    全く同じ型ならば,物理的に何も接触が無くても,オリジナルが起動している限りそれに共鳴(・・)して全く同じ動作を行う,完全な保険だ。
    電源は別になり,それ自体はこの周辺のどこかに設営されている魔鋼錬金協会の本部で管理しているのだろうが――今はそれを直してまで得るほどの情報はないとウィリティアは読んだ。
    恐らく事後の解析で手一杯のはずだ,こんなオーバーテクノロジーは。

    自分の知りうる知識の十数年先を行く技術。
    ケインが知ったらそれこそパニックに成りかねない。
    解析した自分でさえ動転しそうになるのをやっとの事で押さえているのだから。
    単にケインの前で無様は晒せない,という意地に関わる部分ではあっても。

    ともかく。
    展開されている魔導陣は異常だと言う事はわかる。
    ミコトがこの全容を知っていたとは思えないが止めたがっていた理由も今となっては頷く事は出きる。
    事前にどうしてそれを知る事が出来たのか,ときにかかる事はそれだけだが,今はそれを問う時ではない事も理解している。
    最低限必要な情報を得られた今,私達が成すべき事は――


    「あれは結界…王国軍か!?」

    突然のケインの言葉に,内に向いていた意識を外に向ける。

    そこには緑光の壁。
    この場を,いや魔導陣を取り囲むように三方向からこの場の上空の一点へ向けて投射される強力な空間隔離は――!

    ヴァルキリーヘルム(防性半自立機動歩兵ユニット)完全展開駆動形態(オーバードライブ)ですわ!」



     ▽   △
     
     ▽ ▼







    ドクン





    反転したような色彩が支配する無色のセカイ。


    真白な広がり。


    その中で唯一色付く紅。


    ソレは,長き眠りから醒め…
      
      
    意識の瞳を開けた(・・・)





     
     ▼ ▽


    不意に全身を貫いた悪寒に,エステラルドは微かに身じろぎした。
    何かが胎動している,そんな感触だ。

    (間に合うか…?)

    数日前に予期した事態。
    とある学生が入手したらしいと言う手記から自分達が導かれた一つの結末が,すぐ始まろうとしている。

    このような事は初めてだ。
    最初から最後までほとんど何も関わらず,そのくせ全ての後始末だけが自分に回ってくるなんて。
    きっとこの物語の主人公は僕じゃなかったんだろうな,などと思いながらもエステラルド・マ―シェルは隣を飛ぶジャック・(ジン)と並びつつ思考をめぐらせる。

    この物語の主人公は,きっとまだ力が足りないのだろう。
    身の丈に合わない物語(事件)と関わりを持ってしまう理由は,"その誰か"がそれだけの力を欲するからだ。
    そして運良く生き抜いた暁には,"その誰か"はきっと望みの結末を手に入れる事が出きるのかもしれない。
    そして"その誰か"は,自分の教え子と知り合いだった。

    エストは,今回の自分の役回りをきちんと把握していた。
    自分はもう大人になった。
    今まで見守られながら自分の物語を紡いできたが,これからは見知らぬ誰かの物語を見守る立場にある。
    それは隣を飛ぶジンであり,教え子のカレン(ミスティカ・レン)かも知れない。
    無論自分の物語を終える事もない。
    死ぬまでが,もしかすると死んでからも自分の物語は終わらないかもしれない――。
    …今関わっている英雄がそうであるように。

    とにもかくにも,その"誰かの物語"を終わらせないためにはもう少し急いだほうが良いかもしれない。


    エストは更に飛翔魔法の速度を上げた。



    >>>NEXT
記事引用 削除キー/

前の記事(元になった記事) 次の記事(この記事の返信)
←"紅い魔鋼"――◇十話◆後 /サム 返信無し
 
上記関連ツリー

Nomal "紅い魔鋼"――◇予告◆ / サム (04/11/17(Wed) 23:46) #51
Nomal "紅い魔鋼"――◇序章◆ / サム (04/11/18(Thu) 07:17) #52
  └Nomal "紅い魔鋼"――◇一話◆ / サム (04/11/18(Thu) 22:04) #53
    └Nomal "紅い魔鋼"――◇ニ話◆ / サム (04/11/19(Fri) 20:59) #60
      └Nomal "紅い魔鋼"――◇三話◆ / サム (04/11/20(Sat) 22:02) #63
        └Nomal "紅い魔鋼"――◇四話◆ / サム (04/11/21(Sun) 21:58) #67
          └Nomal "紅い魔鋼"――◇五話◆ / サム (04/11/22(Mon) 21:53) #68
            └Nomal "紅い魔鋼"――◆五話◇ / サム (04/11/23(Tue) 17:57) #69
              └Nomal "紅い魔鋼"――◇六話◆前 / サム (04/11/24(Wed) 22:25) #75
                └Nomal "紅い魔鋼"――◇六話◆後 / サム (04/11/24(Wed) 22:28) #76
                  └Nomal "紅い魔鋼"――◇七話◆前 / サム (04/11/25(Thu) 21:59) #77
                    └Nomal "紅い魔鋼"――◇七話◆後 / サム (04/11/26(Fri) 21:21) #80
                      └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆前 / サム (04/11/27(Sat) 22:06) #82
                        └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆中 / サム (04/11/28(Sun) 21:55) #83
                          └Nomal "紅い魔鋼"――◇八話◆後 / サム (04/11/29(Mon) 21:51) #86
                            └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆前 / サム (04/11/30(Tue) 21:53) #87
                              └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆中 / サム (04/12/01(Wed) 21:58) #88
                                └Nomal "紅い魔鋼"――◇九話◆後 / サム (04/12/02(Thu) 22:02) #89
                                  └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆前編 / サム (04/12/18(Sat) 08:57) #98
                                    └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆中 / サム (04/12/20(Mon) 16:59) #100
                                      └Nomal "紅い魔鋼"――◇十話◆後 / サム (04/12/23(Thu) 14:08) #102
                                        └Nomal "紅い魔鋼"――◇十一話◆ / サム (05/01/18(Tue) 18:42) #130 ←Now

All 上記ツリーを一括表示 / 上記ツリーをトピック表示
 
上記の記事へ返信

Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -