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■262 / 23階層)  『黒と金と水色と』第9話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/04/02(Sun) 00:08:45)
    黒と金と水色と 第9話「街角でばったり」B






    鋭い先端の耳。
    コレが意味すること。

    「じゃあ、あなたは…」
    「ええ」

    呆然と呟くエルリスに、彼女はひとつ、大きく頷いて。

    「わたしはエルフ。俗に妖精といわれる種族のものです。
     申し遅れました、名前はメディアといいます」

    「エルフ…」
    「妖精さんだったんだ。初めて見たよ〜」

    エルリスは再び、呆然と呟いて。
    姉とは対照的に、セリスは幼い少女のように目を輝かせる。

    「……」
    「……」

    そして、御門兄妹の反応。
    メディアの正体を聞いても、言葉は発せず。

    ただ、ぴくっと、眉毛が僅かな動きを見せただけである。

    「正体を明かしてしまって、いいのですか?」
    「異種族には冷たい世の中だ。大丈夫なのか? こんなところで」

    数秒後。
    ようやく口を開いて、こんなことを尋ねる。

    世界には人間のみではなく、様々な種族が存在している。
    メディアなどのエルフ族、獣人族、ドラゴンや魔族。ハーフなども居るだろう。
    お互いに、種族間では忌み嫌い合っているのが基本だ。

    エルリスやセリスのように、同族でも、少しでも定義に外れると危険な世の中。
    それを、このような衆人環境…といっても、他に客はいないのだが、
    こんな場所であっさりとばらしてしまっていいものなのかどうか。

    「なーに。オレはそんなこと気にしないぜ」

    店のマスターが、笑いながら言う。

    「種族の違いなんざ些細なものでしかねぇ。気にするほうがおかしいってことよ」
    「この通りの方ですので、わたしとしても、ここでは安心できます」

    メディアも少し微笑んで、マスターと視線を交わしながら、言った。

    「マスターは商いもしていると言いましたが、主な相手が、わたしたちのような異種族なのです。
     相手が誰であろうと、品物を卸してくれますので、わたしたちは大変助かっているのです」
    「ま、そういうこった。贔屓にしてもらってるぜ」

    ”裏”と言っていた意味は、こういうことだったのか。
    要するに、他種族相手の交易を行なっている。

    前述したとおり、種族が違うだけで雲泥の差があるので、普通に売り買いは出来ないのだ。

    それにしても、この店、というかこのマスター。
    エルフと取引があるとは、ものすごい大物なのではなかろうか。

    「なるほど…」
    「そういうことか」

    それはさて置き、御門兄妹も納得。
    本題に移る。

    「で、俺たちに話っていうのは?」

    勇磨がそう訊いたところで

    『おまちどうさま、なの』

    チェチリアが、トレイに注文の品を載せて運んできた。
    マスターが品物を受け取ってテーブルに置き、チェチリアはお決まりの文句をスケッチブックで示す。

    「お料理も来たことですし、まずは、いただくことにしませんか?」
    「了解」

    メディアの提案に従い、とりあえずは、腹を満たすことにする。





    30分後。
    運ばれてきた料理をたいらげる。

    「美味しかった〜♪」
    「ほんとに。ちょっと変わった料理だったけど、最高だったわ」

    『ありがとうございます、なの♪』

    水色姉妹も、もちろん全員が大満足。
    初めて目にする形の料理だったが、なかなかどうして、味は抜群だった。

    チェチリアは、ご丁寧に音符マーク入りの紙を提示して、皿を片付ける。

    「マスターが作ってるのかしら?」
    「いいえ。料理はすべて、彼女の担当なんですよ」
    「え、そうなんだ」

    メディアから説明を受け、エルリスはカウンターの中にいるチェチリアを見る。
    相変わらずリスを頭に乗せたまま、楽しそうに皿を洗っていた。

    「…そろそろいいでしょう?」
    「そうですね」

    食後のコーヒーを優雅にすすっていた環が、視線はカップの中の、水面に映った
    自分の顔に落としながらそう告げて。
    メディアも応じ、周囲の空気が良い意味で緊張する。

    「まず、あなたが私たちに声をかけてきた理由、目的から話していただきましょうか」
    「単純なことです。あなた方のお力をお貸し願えないものかと思いました」
    「お戯れを」

    望んでいた答えとは違っていた。
    だから環は、ふっと一笑に付しながらカップを置き、メディアを見据える。

    「それは理由ではありません。なぜ、”私たちを選んだ”のか。
     決定的な情報が欠如しています」

    そう。彼女がなぜ、自分たちに声をかけたのか、説明になっていなかった。
    ハンターならば、ほかにもごまんといる中で、どうして自分たちか?

    「ハンターへの依頼ならば、ギルドを介して行えばいいだけのこと。
     ”エルフ”であるあなたが、わざわざ危険を冒してまで、直接接触してきたのはなぜです?」

    本来ならば、人間の住む領域まで出向いてくること自体、非常に危険な行為のはずだ。
    まあ、この店とは付き合いが長いようだから、今回も取引の一環だったのかもしれないが、
    それでも、自分たちに接触してきた理由にはならない。

    「ギルドへ依頼するにしても、こちらの正体がバレる可能性はあります」
    「ならば、誰か代理人を……ここのマスターが適任ですね。
     彼に頼んで、代わりに話を持ちかけることは出来るでしょう?
     むしろ、そちらのほうが自然な流れではないですか?」
    「仰られるとおりです」

    メディアは、こう返されることがわかっていたようで。
    ふっと微笑を浮かべると、こう告げた。

    「あなた方を選んだ理由は、別に、はっきりとしたものがあります」
    「協力を願うのなら、正直に明かしてくれることを望みますよ」
    「わかりました、お話します」

    環はそう言って、カップを手に取り、再び口へと運ぶ。
    全面降伏だと言わんばかりに、メディアは頷いた。

    「勇磨さーん。よくわからないよ?」
    「シーッ。こういう交渉事は、環に任せておけば間違いないから」
    「確かにね…。環は上手そうだわ」

    高尚なやり取りに付いていけないのか、環以外の3人は、話を聞きつつも聞き流している。
    小声でコソコソ、こんなことを言い合いながら、進展を見守った。

    「で?」

    カップを口元に残したまま、目を向けて尋ねる環。

    「はい」

    応じるメディア。

    火花が散る、と言うほどではなかったが、2人の間では静かな戦いがあった。
    勝者は環。敗者メディアは、本当のことを言わなければならない。

    「あなた方4人からは、わたしたちに近いものを感じました」
    「……」

    環の目がすうっと細くなる。
    勇磨にも同様の変化が訪れ、水色姉妹は、なぜわかったのかと驚愕。

    (勇磨君や環、”も”…?)

    いや、自分たち姉妹はともかく、勇磨や環も”近い”とは、どういうことだろう?
    セリスはそこまで感じていないようだが、少なくともエルリスは、違和感を持った。

    「直接の理由はそれです。お話しても、わたしの正体を明かしても大丈夫だろうと。
     それに、貴女とそちらの彼は、Aランクに難なく合格するほどの腕前をお持ちなようですし」
    「参りましたね。ずっと見ていたんですか?」
    「ええ。失礼ながら、少し観察させていただきました」
    「……」

    環は表情こそ変えないものの、苦虫を噛み潰した思いで勇磨を見る。
    彼も思いは同じ。

    ――『気付かなかった』

    さすがに、高い能力を持つといわれる、エルフなだけのことはあった。
    魔力・気配遮断のスキルには優れている。

    「理由に関しては納得しました。それで、私たちに協力して欲しいこととは?」

    いよいよ核心に触れる。
    話を持ちかけられた理由にも驚かされたが、こちらでも驚かされることになるとは…

    「他でもありません。わたしたちの里を、守っていただけませんか?」
    「エルフの里を?」
    「はい」

    はっきりと肯定するメディア。

    もう、驚くという言葉では収まりきらない。
    本来は相互不可侵が掟の種族間だ。

    メディアがこうして、人間社会の中にいるということだけでも充分な驚きなのに。
    エルフのほうから、ましてや自分たちの里に、足を踏み入れさせるようなことを言うとは。

    「…どういう状況なんです?」

    まったく掴めない。
    環も少し混乱しながら、問い返した。

    「他言無用でお願いします」

    そう前置きし、話すメディア。

    依頼を受けないにしても、守秘義務はハンター法で定められているので、大丈夫である。
    当然だと頷く4人。

    「わたしたちエルフは、ラザローン近くの深い森の中で、安住を得てきました」
    「ラザローン? 先の戦争で滅んだという?」
    「ええ。8年前、エルフとの交易を望んだビフロスト連邦と、
     それを突っぱねた王国との間で行なわれた戦争。
     その際の、連邦側の禁呪攻撃により壊滅、滅亡した街ですね」
    「…それは初耳です」
    「あの戦争の原因は、そんなことだったんだ…」

    エインフェリア王国とビフロスト連邦。
    戦争があったことは周知の事実であるが、原因がそんなところにあったとは。

    「まあ、わたしたちにとっては、傍迷惑至極なことであったわけですけど。
     …こほん、話を戻しますね」

    脱線してしまった。
    わざとらしく咳払いをし、メディアは元の流れに戻す。

    「森の中にあるわたしたちの里なんですが、ここ数週間、
     近くに変な輩が居ついてしまって、ほとほと迷惑しているんです」
    「何者です?」
    「おそらくは野盗、山賊の類だと思います」

    嫌そうに言うメディア。
    確かに、里のすぐ近くをそんなヤツラに占領されては、良い気はしないだろう。

    「それだけならまだいいのですが、彼ら、どこで知ったのか、森の中を探索しているんです」
    「エルフの里を探していると?」
    「たぶん。他に思いつきません。まさか、適当に宝探しをしているわけではないでしょう」

    もっともである。
    他に何も無い森だそうだから、明確な目的があると見るのが妥当だ。

    「すでに、エルフのテリトリーに侵入されることが数回。
     幸い発見が早く、記憶を消して送り返しているのですが、このままでは…」
    「時間の問題ですね」
    「はい。我らエルフとしましては、あまり人間と接触を持つわけにもいかず。
     そこで、あくまで人間側の問題として、人間に解決してもらうことにしました」
    「つまり、その賊どもを退治してくれと」
    「その通りです」

    賊退治。
    依頼としては、そんなに珍しいものではない。

    「依頼を受けてくれる、誠実そうな方を捜していたところ、あなた方に出会ったというわけです。
     もちろん、それなりのお礼を用意しています。お願いできませんか?」
    「だそうですが、どうしますか?」
    「う〜ん」

    環から尋ねられて、勇磨は困ったように水色姉妹を見る。
    別に、自分たちはやぶさかではないのだが…

    「な、なに?」
    「ふへ?」

    こちらの水色姉妹には、大問題になるであろう、決定的な事柄。

    「エルリス、セリス。君たちはここに残れ」
    「え? な、なんで?」
    「そうだよ! 妖精さんが困ってるんだから、助けてあげなきゃ!」

    水色姉妹は憤る。
    当然だ。

    自惚れるわけではないが、半ばチームとしての一体感を持っている。
    置いてきぼりにされるのは御免である。

    だが…

    「今度の相手は魔物やシミュレーションじゃない。人間なんだぞ?」
    「……」

    勇磨から言われたことに、ハッとする。

    「人間を相手に、立ち回れるか? ヤツラが説得に応じてくれるのならいいが、
     ほぼ間違いなく戦闘になる。俺たちに殺意が無くても、ヤツラはそうじゃない。
     殺らなきゃ殺られる、本当の殺し合いだ」
    「……」
    「それが君たちに出来るか?」
    「……」

    姉妹はすっかり勢いを失い、俯いてしまった。
    魔物を相手にするのと、人間を相手にするのとでは、まるでワケが違う。

    「それも、ハンターが持つ一面です」

    環が後を受ける。

    「人間を相手にするときもある。時には殺すことだってある」
    「環…。あなたは、人を斬ったことが……殺したことは、あるの?」
    「あります。兄さんもです」
    「………」

    絶句。
    無いと言って欲しかった。

    「もちろん、そうせざるを得ない、やむにやまれぬ事情があったわけですけどね。
     人間だから戦わない、人間だから殺さない、なんて綺麗事は通じません。
     ひとたび実戦になれば、そこは本物の戦場。命のやり取りをする場所なんですから」
    「……」
    「そういう覚悟を持てないのなら、ハンターなどやるべきではない。
     自分勝手やエゴだと思われても結構。私はそう思います」
    「……」

    水色姉妹は、何も言えない。
    甘く見ていた面があることは事実だからだ。

    「ですが、あなたたちはまだまだ駆け出しのハンター。
     そういった判断をするには早すぎる。ですから残りなさい」
    「それが君たちのためだ。俺たちだけで行ってくるから、待ってて」

    「……」
    「……」

    引き続き、水色姉妹が言えることは無い。
    酷なようだが、今回ばかりは、留守番を…

    「じゃあ、そういうことで――」

    「わたしも行くよっ!」
    「…セリス?」

    声を上げたのはセリス。
    エルリスが驚くほどの真剣な顔で、こう宣言した。

    「要は、殺さずに倒せばいいってことだよね? がんばるからっ!」
    「そう簡単に行けば、苦労は無いのですよ?」
    「辛い思いをするのは自分だぞ? それでもいいのか?」
    「いい!」

    断言するセリス。
    これにも、エルリスは驚いていた。

    「置いていかれるほうが辛いよ!」
    「そう………そうよね…。殺さなければいい……その通りだわ!」

    「エルリスまで」
    「まったく…」

    エルリスも勢い良く立ち上がった。
    妹の一言に感化されたか。

    「「一緒に連れてって!!」」

    「…と、いうわけです」
    「ありがとうございます」

    引き受けてもらい、メディアは笑顔で礼を言い。

    そんなわけで、賊退治となった。





    第10話へ続く

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