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■270 / 29階層)   『黒と金と水色と』第12話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/05/14(Sun) 00:18:11)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」B






    勇磨とエルリスが落ちていった穴は、そのまま開いている。
    残される結果になった3人、しばし、呆然として。

    「たっ、大変――もがっ!」
    「落ち着きなさい」

    真っ先に声を上げたのがセリス。
    だが、すぐに環によって口を塞がれた。

    「分断される結果になった以上、下手に騒ぎ立てて、賊に集まってこられるのは下策です」
    「確かに」

    命も頷く。
    こうなった以上は、極秘裏に行動したほうがよい。

    「な、なんで2人ともそんなに冷静なの?」

    とりあえず、一時の興奮状態は抜け出したセリス。
    口を離してもらうと、オロオロしながら言う。

    「お姉ちゃんと勇磨さん、落っこちちゃったんだよ?」
    「まあ、大丈夫でしょう」
    「へっ?」

    環からの返答に、セリスはマヌケ面を晒した。
    はぐれてしまったというのに、何が大丈夫だというのだろう?

    「これが、エルリスさん1人だった場合や、あなたがた姉妹2人だけ、とかだったら、
     私も慌てたでしょうけどね。兄さんが一緒ですし、問題は無いです」
    「え、えと…」
    「ああ、問題が無いわけじゃないですね。あれほど慎重にと言ったのに、兄さんは…。
     いきなりトラップに引っかかるとは、なんと情けない」
    「そ、そういう問題でもないと思うんだけど…」

    たらり、と冷や汗を流すセリス。
    論点がずれていると思うのは自分だけなんだろうか?

    「大丈夫よ」
    「命さん…」

    続けて、命からもこんなことを言われる。

    「エルリスの、ましてや勇磨君の実力は、私よりもあなたのほうがよくわかってるでしょ?
     私たちからはぐれたからって、たかが盗賊相手に、破滅的な状況になると思う?」
    「それは……勇磨さんと一緒なら、大丈夫だとは思うけど…」
    「なら、信頼しなさい。彼らは彼らで、出来ることをするでしょうし。
     私たちも、私たちに出来ることを全力で遂行するのみよ」
    「……わかったよ」

    ようやく、セリスも納得して頷いた。

    「さて、これからどうするか、ですが」
    「この穴を飛び越えるのは、ちょっと無理そうね」

    開いたままの穴を見る。

    向こう側までは、少なく見積もって5メートルくらいはありそうだ。
    不可能な距離でもないが、一か八かのギャンブルに出るには、少し危険すぎる。

    「仕方ないわ。ここから侵入するのは諦めて、別の入口を探しましょ」
    「そうだね、それしかないか」

    命とセリスは話し合ってそう決め、踵を返す。
    が、環はそのまま動こうとしない。

    「環?」
    「環さん?」

    声をかけられた環は…

    「お二人は、別の入口を探してください」
    「え?」

    そう言い残すと

    「はっ!」

    軽く助走をつけ、止める間もなくジャンプ。
    ものの見事に穴を飛び越え、着地も綺麗に決める。

    「……うそ」
    「す、すごい…」

    茫然自失の命とセリス。
    まさか、飛び越えてしまうとは。

    「ものすごい跳躍力…」
    「環さんって、実は走り幅跳びの選手だとか?」
    「そんなことはありませんが」

    驚いている2人を尻目に、当の環は、当たり前だとでも言わんばかりの冷静な表情で、
    乱れてしまった髪の毛を直している。

    「私はこのまま進み、可能ならば兄さんたちとの合流を目指します。
     あなたたちは、別の入口から侵入して、目的を達してください」
    「え、ちょ…」
    「ではそういうことで」

    再び止める間もなかった。
    環はそう言い残すと、小走りに奥のほうへ駆けていってしまう。

    「ふぅ、まったくもう」
    「環さん、1人で大丈夫かな…」
    「彼女の力は知ってるんでしょ? 心配するだけ無駄よ」

    命は、環を心配しているセリスに、呆れながら言葉をかけつつ。
    他人の心配をしている余裕など無いと思う。

    (絶対、取り戻すんだから…)

    危険を冒してまで、盗賊のアジトに乗り込んだ目的。
    それを達成しなければ、まったくの無意味なのだ。

    「行くわよセリス。別の場所を探さなきゃ」
    「あ、うん。お姉ちゃん、勇磨さんも環さんも、無事でいてね」

    2人もその場を後にし、内部へ侵入できる別の入口を探しに向かった。





    ぴちょっ

    「冷てっ」

    顔に落ちてきた冷たい感触に、勇磨は意識を取り戻す。

    「ここは…」

    目を開けてみても、閉じている状態と変わらなかった。
    つまり、まったくの暗闇。明かりひとつ見えない。

    (どうやら、かなりの地下みたいだな)

    上を見上げてみるが、落ちてきた穴が確認できない。
    相当の距離を落とされたか、穴がカーブ状だったのか、あるいは、すでに塞がってしまったのか。

    (そういえば、誰かを巻き込んじゃったような…)

    落ちる直前、誰かの手を掴んだ覚えがある。
    自分がここにいるとなると、不幸なことに、一緒に落ちてしまったと考えるのが妥当だろう。

    (確か、水色の髪だったから……エルリスかセリスになるな)

    ちらっと見えたのは、水色の髪の毛だった。
    姉妹のどちらだったかは、一瞬だったので判別できない。

    周りを見るが、もちろん真っ暗なので、姿は見えない。

    「エルリス! セリス! いたら返事をしてくれ!」

    「……こ、こっち」

    「その声はエルリスか!」

    大声で叫ぶと、反応があった。
    勇磨から見て右前方から。この声質はエルリスのもの。

    「無事か? 怪我は?」
    「今のところは平気みたい…」

    慎重に歩み寄りながら声をかける。

    「そうか良かった。すまん、巻き込んでしまった」
    「本当よ…」
    「申し訳ない」

    エルリスを巻き込んでしまったのは、完全に勇磨の責任である。
    平謝りだ。

    エルリスは拗ねたような、怒ったような声である。

    「えっと、このへんにいる?」

    とりあえず離れているのはまずいと思い、ゆっくり近づいてきたのだが。
    とにかく暗黒の世界なので、勘と声、気配から位置を探るしかない。

    「エルリス?」
    「あ、だいぶ近いわ。もう少しだと思う」
    「こっち?」

    手を伸ばす勇磨。
    すると…

    ふにっ

    「……ふに?」
    「きゃあっ!」

    柔らかい感触を感じるのと同時に、悲鳴が上がった。

    「ど、どこを触ってるの!」
    「うわわっ、ご、ごめん申し訳ない!」
    「エッチ!」
    「そんなつもりじゃないってば! 何も見えないから……と、とにかくごめん!」

    ちょっとした混乱。
    だが、お互いに相手の位置を知ることは出来た。

    「……ここはどこかしら?」
    「わからない」

    落ち着くと、エルリスが不安そうに漏らす。

    「アジトの地下だ、ということは間違いないけど」
    「なんにせよ、早く脱出しなきゃ。命たちのことも心配だわ」
    「ああ」

    取るべき行動はひとつ。
    ひとつ、なのだが…

    「でも、こう暗くちゃね」
    「ええ…」

    この真っ暗闇では、迂闊な行動は許されない。
    どこに何があるのかわからないし、再びトラップに引っかかると致命的だ。

    「そうだ。明かりを灯す魔法ってのがあるんだろ? 出来ない?」
    「…ごめんなさい」
    「そっか。いや、謝らなくてもいいからさ」

    名案を思いついた、思い出したと思ったのだが、実行不可能だった。
    エルリスが本当にすまなそうに謝るので、思わずフォローを入れてしまう。

    彼女が、「氷魔法以外はダメ」と言っていたことを思い出し、軽く後悔する。

    「う〜ん、どうしたものか」

    脱出するにも、構造を把握できなければどうしようもない。
    まず第一に、この暗闇を打破するための作戦を練らなければ。

    (手が無いわけじゃないんだけど…)

    チラリと、エルリスを窺う勇磨。
    いや、見えないのだが、エルリスがいるであろう方向に視線を送る。

    (”アレ”を見られるのは、ちょっとな…)

    その策を実行すると、エルリスに、自身の重大な秘密を知られてしまうことになる。
    まだ誰にも告げていない、家族以外は誰も知らない、自分たちの秘密。

    しかし…

    (どうしたものか…)

    自分1人だけならば、まだどうにでもなる範囲ではあるのだが。
    今はエルリスが一緒なのだ。脱出も、エルリスと一緒でなくてはならない。

    となると、考えられる手立ては、”それ”しかなかった。

    「…勇磨君?」
    「え?」
    「急に黙っちゃって、どうしたの?」
    「ああ、いや、なんでもないよ。どうしたら助かるか、考えてただけ」
    「そう」

    不意にエルリスから声。

    「ごめんなさい。私は、力になれそうもないわ」

    悲しそうに、悔しそうに。
    エルリスは謝るのだ。

    「ごめんなさい…」
    「エルリス…」

    これに、心を打たれた勇磨は。

    (背に腹は代えられない)

    決意を固めた。

    もともと、エルリスを巻き込んでしまったのは自分のせいなのに。
    彼女が謝る必要など、微塵も無いというのに。

    助けるのは自分の責務。
    何があっても助けなくてはならない。

    手段を選んでいる場合ではなかったのだ。

    「エルリス、立てる?」
    「え? え、ええ。立てると思うけど……どうして?」
    「少し、俺から離れていてくれ。ちょっと衝撃があるから」
    「ど、どういうこと? 何をするつもりなの?」
    「もちろん、脱出するための手段だよ」

    慌てるエルリスに、そう言い切って。
    見えないだろうが、笑顔を向けた。

    「…わかったわ」
    「信じてくれる?」
    「当然でしょ? あなたは私たちのお師匠様で、お友達なんだから」
    「ありがとう」

    頷くエルリス。

    問われるまでもない。
    むしろ、訊かれるほうが心外なのだ。

    立ち上がろうとしたのだが

    「…痛ッ!」
    「エルリス?」

    右足に体重をかけた途端、鋭い痛みに襲われる。
    思わずうずくまってしまうほどの激痛だった。

    「まさか怪我を? 足か?」
    「ええ、足首…。残念だけど、ちょっと立つのは無理みたい…」
    「重ね重ね、ごめん、俺のせいで」
    「もういいわ。それより、どうするの?」

    落ちた拍子に捻ったか、骨にまで達した怪我なのか。
    今の今まで気付かなかったが、かなりの重傷であることは間違いない。

    気付いた途端、ズキズキと痛みが襲ってきた。
    耐えられないというほどでもないが、辛いものは辛い。
    思わず顔をしかめる。

    いずれにせよ、立ち上がるのは無理。
    言われたとおりに、勇磨から離れるのも不可能だ。

    「…しょうがない。失礼するよ」
    「え? あっ…」

    と、急に身体を持ち上げられる感覚。

    「怪我をしていることもあるし、下手に距離を取るよりも、密着してたほうが安全だから。
     緊急事態ってことで許して。ね?」
    「え、ええ…」

    エルリスは返事こそ返したものの、脳内はパニック状態だ。

    (こ、これ……これって……)

    おそらくは勇磨の手の感触だろう。
    それが、背中と、膝の裏に感じられる。

    (抱っこされてるの、私…)

    いわゆる、”お姫様抱っこ”の格好だ。
    少なからず憧れはあるものの、実際にやられてみると、死ぬほど恥ずかしかった。

    「じゃあ、やるよ。最初は目を閉じてもらったほうがいいかもしれない」
    「…え? な、なんで?」
    「近いし、ちょっと刺激が強いかもしれないからさ」
    「………」

    疑問に思わないことも無かったが、エルリスは素直に目を閉じた。

    「では……。はぁぁ…っ!」
    「……」

    見えなくても、感じることは出来る。
    だからわかる。

    (勇磨君、力を入れ始めてる…)

    集中し、力を込めている。
    なんのために力を必要とするのか、まったくわからないが、不思議と恐怖心は無かった。

    (私は、勇磨君を信じるしかないもの…)

    むしろ、全幅の信頼感でいっぱいで。
    安心して目を閉じていられた。

    「……はあっ!!」

    「…!」

    瞬間、全身が、熱い何かに貫かれるような感じがして。
    それは、すぐに優しい温かさに変わって。

    (これは……なに? すごくやさしい、あたたかい……。
     これが勇磨君の力? 勇磨君の心?)

    なまじ密着しているだけに、よくわかった。
    今、自分を包み込んでいるものこそ、勇磨の力の根源なのだと。

    「もういいよ」
    「……」

    夢心地でいると、勇磨から声が降ってきた。
    エルリスはゆっくりと目を開いていく。

    キラッ

    「……え? まぶし…」

    真っ先に飛び込んできたのは、黄金色に輝く眩いばかりの光。
    暗闇に馴染んだ目には眩しすぎて、いったん目を閉じ、もう1度、ゆっくりと開く。

    「……金色だ」

    見間違いではなかった。
    周囲を、黄金の光が取り囲んでいる。

    段々と目が慣れていくに連れて、他のものも見えるようになってきた。

    「大丈夫?」
    「ええ。……え?」

    勇磨の顔も見える。
    だが、エルリスは、今度ばかりは自分の目を疑った。

    なぜなら…

    「勇磨……君?」
    「うん」
    「あなた……髪の色………目、も……」
    「うん」

    髪の毛も、瞳の色も、漆黒だったはずの勇磨が。

    「きん、いろ…」
    「うん」

    周囲の光と同じ、黄金に輝いていたのだから。


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