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■473 / 40階層)   『黒と金と水色と』第17話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/11/04(Sat) 00:10:54)
    黒と金と水色と 第17話「潜入! 封印図書館A」






    翌朝。
    開館時間を待って、一行は図書館を目指した。

    いや、本当の目的は、図書館の地下3階以降。
    通称”封印図書館”と呼ばれている領域だ。

    あまりに広く、あまりに深く、険しいために、
    今となっては、その全容を知るものはいないという大迷宮。
    そんなところへ、これから挑もうとしている。

    「…うぅ」
    「セリス?」

    図書館に向かう道中。
    セリスが上げた唸り声に、隣を歩くエルリスは、心配そうに妹の顔を覗き込んだ。

    「大丈夫?」
    「う、うん…。なんか緊張しちゃって……それだけだから……」
    「そう」

    非常に大きな危険が予想されることに加え、自分自身のために、
    それも自分だけならいいが、仲間を連れての挑戦になるのだ。
    気が引けてしまうのも仕方がなかろう。

    「今はまだいいけど」

    そんな折に、先頭を行くユナが、チラリと振り返りながら言う。

    「図書館に入ってからもそんなんじゃ、怪しまれるわよ。
     大志があるんだから構わない。もっと堂々としてなさい」
    「う、うん…」
    「はあ、先が思いやられるわね」

    「まあまあ」

    ため息をつくユナ。
    しかし、なおもセリスの緊張はほぐれず、フォローに入る勇磨である。

    「何も1人で行くわけじゃないんだからさ。
     エルリスもいれば俺たちもいる。
     心配なんかしてないで、上手く行くことだけを考えるんだ。いいね?」
    「勇磨さん…」
    「大丈夫。兄さんや私は愚か、ユナさんまでいるんですから」
    「環さんも…。うん、わかった、ありがとっ」

    環も励ましに入って、セリスはようやく吹っ切ったようだ。
    笑みを浮かべて礼を言う。

    「助かったわ。ありがと勇磨君、環」
    「いやいや」
    「仲間を励ますのは当然でしょう」
    「それでも、ありがとう」

    エルリスも2人に対して頭を下げた。
    つくづく、自分は仲間に恵まれたと思う。

    「ところで」

    不意に声をかけたのは、フードにコートの人物。
    外出するときは、いつもこのスタイルだという、メディアである。

    「まだ詳しいことをお伺いしてないのですが、その”封印図書館”…」

    公に出来る話題ではないので、後半はボリュームを落とした。

    「入口には結界があるということですが、その場所までは、
     簡単に近づけるのですか?」

    何度も言うが、封印図書館への立ち入りは禁止されている。
    学園長でさえも入ることは出来ない。

    そのような場所への入口だから、何か監視があるのではないか。
    強力な結界に守られているとはいっても、人を容易には近づけさせないだろう。

    そう思ったのだが

    「行けるわよ」

    ユナの答えは、とてもシンプルだった。

    「行けるのですか」
    「行ける。一応は封鎖されているけど、簡単なバリケードが置かれているだけよ。
     立入禁止になってるのは周知の事実だし、結界があることも知られている。
     過信しているわけじゃないんだろうけど、自信があるんじゃない?」
    「そうですか」

    なにせ、このユナでも破ることが出来なかった結界。
    もはや力技では破ることは出来ないと、開き直っているのかもしれない。

    「なら大丈夫ですね。私が、この…」

    そう言って、メディアが懐から取り出した、稲妻状の形状を持つ、不思議な短剣。
    色合いも鮮やかで、非常に美しい宝剣にも見える一品。

    「”フィールドブレイカー”で一刺しすれば、結界は消失します」
    「本当にそうなるんでしょうね?」
    「我らがエルフの秘宝ですよ。効果は折り紙付です」
    「それならいいんだけど」

    敵対するようなつもりは無いんだろうが、相変わらず、
    メディアとユナの間には、刺々しい空気が漂っている。

    初対面で、いきなり試されたような格好になったことが、よほどお気に召さないらしい。

    「はい、着いたわよ」

    一行がハラハラしているうちに、立派な建物の前へと到着。
    これが学園都市が誇る図書館ということのようだ。

    「もう1度、念を押しておくけど」

    立ち止まったユナが振り返り、彼女の後ろに控えていた一同に向けて、
    注意を発する。

    「くれぐれも、怪しまれるような行動は控えること。
     警備が薄いとはいえ、警備員はいる。いいわね?」

    頷く一同。

    先ほどまで緊張していたセリスも、今は気持ちを盛り返し、
    決意に秘めた精悍な顔つきをしている。

    これなら心配はあるまい。

    「じゃあ行くわよ」

    一行は、図書館内部へと入って行く。





    玄関ホールを何食わぬ顔で横断し、奥まった場所にびっそりと存在する、
    下り階段を下りて地下へ。
    申し訳程度のロープで作ったバリケードがあったが、ためらうことなく跨いだ。

    地下1階は倉庫的なフロアのようで、人の姿はほとんど無い。
    蔵書の整理をしている職員が、1人、2人いるだけ。
    これ幸いとばかりに、気付かれないように注意しながら、急ぎ足で通過。
    地下2階への階段を下りる。

    地下2階は、さらに倉庫、物置的なフロアである。
    だから、他の人影などあるわけがない。職員の姿も無くなった。
    少々埃っぽい中を素知らぬ顔で進み、その場所へと近づく。

    「あれが、封印図書館への扉よ」

    そう言って、ユナが指し示した先。
    前方に巨大な扉があった。

    鉄製なのか、重厚そうな、黒光りするその扉。
    加えて、魔力の奔流がひしひしと感じられる。
    結界によって封印されている余波だろうか。

    「なるほど…。これでは、いくらやっても無駄でしょう」

    メディアが感想を一言。
    彼女がこう言うくらいだから、本当に、突破することは不可能なのだろう。

    ”普通の手段”では。

    彼女はスタスタと扉へ歩み寄ると、右手を差し出して、扉へ手をつけた。
    そして目を瞑る。

    しばらくそうしていた彼女は

    「物理的な衝撃、魔力を吸収……ならびに、侵入者絶対排除の結界が張られています」

    静かに、解析結果を述べた。

    「どなたがお張りになったものかはわかりませんが、非常にすばらしい結界です。
     どんなに強大な魔法や、力を加えたとて、傷ひとつつきませんね。
     我らエルフや魔族でも、これを破るのはほとんど不可能でしょう」

    「そんなに?」
    「エルフや魔族でも無理なくらいですから、ユナさんが破れなかったことも、
     納得のいく結果です」
    「……」

    驚く勇磨に、ふむふむと納得している環。
    ユナは、不機嫌そうな表情でも、無言を貫いた。

    「でも、私の前では。このフィールドブレイカーの前では、いかなる結界も無意味」

    再びフィールドブレイカーを取り出すメディア。

    「ではみなさん。覚悟はよろしいですか?」

    「元より承知よ」
    「お願い、メディアさんっ!」

    「わかりました」

    一同は頷いて。
    水色姉妹よりさらなる賛同を得たメディアも、ひとつ大きく頷き。
    扉へと向き直って、色鮮やかな短剣を構えた。

    「やるなら早くして。いま見回りに来られたらおしまいよ」
    「はい」

    ユナから急かす声が飛ぶ。

    結界を破り、封印図書館に入ろうとしていることがバレたら、即刻、強制退去だろう。
    それどころか、手が後ろに回るかもしれない。
    もっとも、素直に捕まってやるつもりなど無いが、今は急ぐのみ。

    「………」

    扉と対峙するメディア。
    どれほどすごい、高等な魔術を行使するのかと思いきや。

    「えいっ♪」

    「…え?」

    ただ無造作に、構えた短剣を、ぷすっと扉に突き刺しただけ。
    思わず呆気に取られる一同であったが

    「あの短剣、それほどの強度が…?」
    「いえ違うわ。あれは、扉に刺さっていると言うより…」
    「結界、そのものを、刺している…?」

    扉は、おそらくは分厚い、鋼鉄製の重いもの。
    そんなところに、あんな細くてひ弱そうな短剣が、ああも簡単に突き刺さるだろうか。

    疑問に感じてよくよく見てみると、突き立った短剣の周りに、魔力の奔流が見える。
    短剣は扉に刺さっているのではなく、結界を構成している魔力を直接に捉え、
    四散させているのだ。

    バシュッ

    「…!」
    「きゃっ」

    「はい、おしまい♪」

    一瞬の閃光が走ったのち、陽気なメディアの声。

    「おしまい…?」
    「結界は消えました。今なら、扉を開けることが出来ますよ」
    「本当に…?」
    「疑うのですか?」
    「……」

    一瞬の出来事で、あまりに呆気なさ過ぎて、実感が伴わない。

    「よし。じゃあ、開けよう」
    「兄さん、私もお手伝いします」
    「あ、私も!」

    勇磨、環、エルリスの3人が扉の前に立ち、開けるべく手をつけた。
    重そうな扉だから、人手がいるとの判断である。
    両面開きだと思われる、片方だけに集中して…

    「押すぞ。せーのっ…」

    グググ…
    3人で力を合わせ、鉄の扉を押す。

    しかし…

    「ぐぎぎぎ……だ、ダメだ開かない」
    「ど、どうなっているんですか」
    「結界は無くなったんじゃないの!?」

    結界は消失したはずだ。
    それは重そうな扉だが、3人で力を合わせれば、ビクともしないこともないはずだ。
    いったい…?

    半ば混乱状況に陥るが

    「ふむ…」

    再びスタスタと歩み寄ったメディアが、発見する。
    扉の隅のほうに、小さくこしらえられた、その代物を。

    「この扉、押すのではなくて、”引く”のではありませんか?」

    『………』

    一同、沈黙。
    恐ろしいほどの静けさが降ってくる。

    メディアが示した場所には、確かに、小さいながらも取っ手があった。
    いくら押しても開かないはずだ。
    結界云々ではなく、構造状の問題とは、盲点だった。

    「さ、先に言ってくれよ」
    「もうっ兄さん! 兄さんのせいで大恥じゃないですか!」
    「俺のせいなのか…」
    「最初に『押すぞ』って言ったの、勇磨君じゃない…」

    扉を開けようとした当事者3人は、軽く言い争って。
    恐ろしいものだ、刷り込みとは。

    『はぁぁぁ…』

    とてつもなく大きなため息。

    押すものだと思い込んだ勇磨も勇磨だし、取っ手に気付かなかった2人も悪い。
    つまり、どっちもどっち。

    「ま、まあまあまあ。間違ってることはわかったんだから、正しく引いてみようよ。ねっ?」
    「そうね…」

    セリスがフォローに回って、気を取り直す。
    では、改めて…

    「ふんっ!」

    取っ手に手をかけて、思い切り引いた。

    ゴ、ゴ、ゴ…

    重苦しい音を立てて、徐々に開いて行く扉。
    数百年、あるいはそれ以上の時を隔ててきた障害は、今ここに取り除かれた。

    「おお…」

    どこからともなく声が漏れる。
    見つめる先には、暗闇に消えて行く、真っ直ぐ伸びた通路があった。

    「この先が封印図書館…」
    「戸惑っているヒマは無いわ。行くわよ」
    「うんっ!」

    先んじてユナが入って行く。
    そのあとを追う一行。

    かくして、封印図書館への潜入に成功。
    何が待ち受けているのか、知る術は無い。




    18話へ続く


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